村木嵐さんの「まいまいつぶろ」を読みました。
「まいまいつぶろ」は、ただただ徳川家重が幸せになることだけを願った大岡忠光と、忠光さえ側にいてくれれば将軍にならなくてもよいとまで考えた家重の物語です。
出世にまったく興味のない忠光が、誰よりもお偉いさんになりたかった理由が、家重のそばにいる人間がポンコツだと家重が馬鹿にされるからでした。
とか、自分の人生を家重の幸せ一本に絞って考え行動した忠光の生きざまに感動しました。
また、そんな忠光のことを誰よりも大切にした、家重の忠光に対するリスペクトにも感動しました。
二人の会話を読んでいると必ずほっこりしますので、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
お越しいただきありがとうございます。
お時間ございましたら、最後までお付き合いください。
まいまいつぶろについてのいろいろ
村木 嵐(むらき らん)
作者の村木嵐さんは、司馬遼太郎さんの家事手伝いをしていたそうです。
村木嵐さんの受賞歴はこちら。
2023年「まいまいつぶろ」が、第13回・本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞
2010年「マルガリータ」が、第17回・松本清張賞を受賞
2006年「みどりとサンタ」が、グリーンサンタストーリー大賞を受賞
「みどりとサンタ」は「南野泉」名義です。
直木賞にノミネート
「まいまいつぶろ」は、第170回・直樹三十五賞候補作品に選出されました。
他の選出作品はこちら。
「なれのはて」 加藤シゲアキ
「ともぐい」 川崎秋子
「欅がけの二人」 嶋津輝
「八月の御所グラウンド」 万城目学
「ラウリ・クースクを探して」 宮内悠介
ちなみに、「まいまいつぶろ」は本屋大賞にノミネートはされていません。
実話
徳川家重に重い障害があったのは事実のようです。
手足が不自由で、言語も不明瞭だったそうです。
まいまいつぶろ 意味
「まいまいつぶろ」はカタツムリのことです。
カタツムリが通ると水っぽい跡が残りますよね。
徳川家重には重い障害があったので、家重が歩くとおしっこの跡が残っていたそうです。
なので、家重は「まいまいつぶろ」と呼ばれていたそうです。
登場人物
徳川 家重(とくがわ いえしげ)
幼名は長福丸。第九代将軍。
産まれるときにへその緒が首に巻きついたせいで障害がある。
言語が不明瞭で手足も不自由だが、聡明かつ温和な人物。
大岡 忠光(おおおか ただみつ)
幼名は、兵庫。
ひょんな出来事から、家重の言葉を正確に伝える業務に携わることになる。
慎ましやかな性格で、家重が大好き。
支援者も多いが、「あいつ、家重さまを差し置いて勝手なこと言ってね?」と考えている人たちも多い。
のちのち家重の言葉を理解する人物が現れ、「ほら、ちゃんと訳していただろ」ってなことになるが、本人は何も言わない。
支援者の一人、大岡忠助は「兵庫がやらかしたら、俺が一緒に切腹してやる」とまで言っている。
大岡 忠助(おおおか ただすけ)
町奉行。大岡越前守忠助。徳川吉宗の親友。
吉宗が死んだあと、すぐ後を追って忠助も亡くなる、本気親友。
個人的に大岡越前と言えば、加藤剛さん。
しかし、遠山の金さんは高橋英樹さんと松方弘樹さんで迷う……とかどうでもいい話。
大岡忠光の遠縁で、大岡忠光の父親の大岡忠利と大岡忠助が、はとこ。
徳川 吉宗(とくがわ よしむね)
第八代将軍で、もはや説明など皆無な暴れん坊将軍で、目安箱の設置が有名。
徳川家重の父親で、松平健。
本作では完璧超人として描かれている。
リアルで完璧超人だったかどうかは知りません。
徳川 家治(とくがわ いえはる)
家重の息子。母親は幸。
松平乗邑の理詰め攻撃で、完璧超人の吉宗でさえピンチだと思われたシーンを切り開いた英傑。
田沼 意次(たぬま おきつぐ)
天才。張り出した額と大きな頭の中に半導体が詰まっているくらい天才。
家重の言葉は理解できないが意次AIを使って、家重がしたいことを瞬時にはじき出し行動する。
最初は松平乗邑と仲が良かったので、アンチ家重かと思いきやそうではなく、家重のために最後まで働き、次期将軍の家治の代でも活躍する人物。
ただただ家重のために働く大岡忠光のことを尊敬している。
酒井讃岐守忠音(さかいさぬきのかみただおと)
代々、大老を務めてきた名門の家の人。
六年ほど大阪で米相場が安定するような仕事をしていた。
徳川吉宗の人望もぶ厚い。
大岡忠助とも友人で、家重が大好きで、兵庫の人格も買っている。
「家重と兵庫のことだけを考えるなら、家重は将軍にならずにのんびり暮らした方が二人には幸せかもしれない」なんて考えている、優しい人物。
家重が好き過ぎて、家重の言葉を理解した数少ない人物でもある。
松平 武元(まつだいら たけちか)
徳川吉宗を呆れさせた強者で、将軍職はしゃちほこだと吉宗に面と向かって言った猛者。
吉宗直々に「家重を頼む」と言われた好人物である。
一事が万事のほほんな人物で、家治は「じい」と呼んでいる。
のほほん過ぎて物事を深く考えないが、家重と忠光の味方。
比宮 増子(なみのみや ますこ)
家重の正室。伏見宮の姫。
始めは取ってつけたようなプリンセスだったが、家重の障害がある身体を見てからリアリストに激変し、家重をディスり始める。
しかし、「家重は赤子のような不自由な体に聡明な脳みそが入っているのだ」と気づいた比宮は、リアリストから恋する乙女にジョブチェンジし家重をリスペクトするようになる。
頭が切れ、度胸もあり、したたかさんなプリンセス。
「家重を将軍に!」という名の元、家重の子どもを身ごもるも、志半ばで泉下の人になる。
幸(こう)
増子の運命共同体。増子の意思を継ぎ、家重の子どもを産む。
家治を産んだあと、家重や増子への気持ちがちょっとズレる。
「家治を将軍に!」をスローガンに、松平乗邑と悪だくみし始める。
家治さえ将軍になれば家重はどうでもよく「家重の弟の宗武が次期将軍でもいいんじゃね?」なんて考える。
本作では、いつ死んだのかわからないくらい、死亡記事が小さい。
千瀬(ちせ)
鳥の鳴きまねが上手い。
田沼意次にプッシュされて家重の子どもを産む。
田沼意次が千瀬を家重にプッシュしたのは、鳥の鳴きまねで家重の悲しみを少しでも取り除いてやりたかったから。
松平 乗邑(まつだいら のりさと)
アンチ家重の老中その一。
家重を将軍にしたくないという理由で吉宗に食ってかかった人物。
最初から最後まで、家重と忠光が嫌い。
忠光が家重には言えない悪口をガンガン言う。
酒井 忠寄(さかい ただより)
アンチ家重の老中その二。
「乗邑よりはマシかも?」と思うが、この男も忠光が家重には言えない悪口を言う。
万里(ばんり)
御庭番。吉宗について紀州から来て、吉宗を陰から支えまくった立役者。
陰つながりで、家重の陰的な忠光の心の友。
幼い頃の家重を抱かせてもらったことがある。たぶん家重LOVEベスト3に入る人物。
家重LOVEベスト1は忠光、2は比宮か万里という感じだと思います。
忠音の家重LOVEもすごいですが、家重のことを誰よりも見続けてきた万里の家重LOVEがちょいと買っていると思います、個人的に。
吉宗も家重のことを考えているけど、「家重と幕府どっち?」となったら、吉宗は家重を切ると思ったので、吉宗はランク外としました。
あらすじ
第一章 登城
第一章の見どころは、兵庫(忠光)が忠助に悩みを打ち明けるシーンです。
長福丸(家重)のために限られたことしか話すことができない兵庫の葛藤が読んでいて苦しいです。
その苦しさを忠助に語るシーンは泣けてきます。
大岡忠助が上臈御年寄の滝乃井に呼び出されます。
呼び出された理由は、徳川吉宗の長男である長福丸の言葉がわかる人間が現れて、その人物は大岡忠助の遠縁だったからです。
長福丸は生まれたときから言語と身体に障害があり、周りの人は長福丸が何を言っているのかわかりませんでした。
そこへ長福丸の言葉を理解する人物が現れたので、大騒ぎになりました。
長福丸の言葉を理解したのは大岡忠助の甥で、大岡兵庫という16歳の少年でした。
兵庫を長福丸の小姓にするかどうかに、幕閣というか周りのお偉いさんたちが頭をひねり倒します。
幕閣のお偉いさんたちはめんどくさくなったのか、何かあったときに責任を取りたくないのか知りませんが、「大岡忠助、お前に任せた」とか忠助さんに兵庫の処遇を丸投げしました。
忠助は兵庫と話し、兵庫の人柄を信じて長福丸の小姓に兵庫を推薦しました。
兵庫が長福丸の言葉を他人に伝えることができるようになると、長福丸のポテンシャルの高さが浮き彫りになります。
記憶力の高さ、先を読む力、そして長福丸が他人を慈しむ心の持ち主であったことがわかりました。
だからこそ、兵庫は悩みました。
自分が聞いた言葉を、長福丸がそこにいなければ長福丸に伝えてはならず、長福丸が言った優しい言葉を、兵庫が勝手に伝えてもいけません。
兵庫は、長福丸の言った優しい言葉を吉宗や弟に伝えたかったのです。
この話を聞いた忠助は兵庫を抱きしめ、兵庫のために命をかけようと思いました。
第二章 西之丸
第二章の見どころは、家重、兵庫と忠音の温かなやり取りです。
妻を迎えることが不安な家重に、兵庫と忠音がアドバイスするシーンにほっこりすると思います。
酒井讃岐守忠音という人物が大阪での仕事を終えて江戸に帰ってきます。
忠音は老中になることが決まっているお偉いさんで、大岡忠助と友人でした。
長福丸は15歳で元服して、名前が家重になりました。
弟の小次郎丸も元服して、宗武と名前を変えます。
宗武は非の打ち所がない少年で、馬に乗った姿は家臣一同がほれぼれするほどでした。
がしかし、次期将軍は、ほぼ家重に決まります。
忠音は家重を訪ね、家重と兵庫が結納のことを話しているのをこっそり聞きます。
家重と比宮の結納は一年後のことで、口がきけない家重は妻をめとることに不安でした。
兵庫は「家重さまの真心は絶対に比宮さまに伝わる」と言い、忠音は「家重さまの真心は言葉がなくても比宮さまに伝わる」と言いました。また、忠音は、「夫婦は言葉に出さないほうが、よっぽど上手くいく」とアドバイスしました。
比宮の女官として、権中納言の父親に騙された幸が、比宮の女官として京都から江戸へ行くことも決定しました。ちなみに幸は偉業を達成します。こうご期待。
第三章 隅田川
第三章の見どころは、家重のことを馬鹿にしていた比宮が家重の素晴らしさに気づいて、二人が仲良くなっていくところです。
二人のやり取りを読んでいると、ほっこりすると思います。
比宮のために家重は一年も前からバラを育てました。
さらに比宮がバラの棘でケガをしてはいけないので、家重は棘を抜いてバラを届けます。
そんな家重に対して、比宮は「あいつポンコツだった」と幸に言います。
家重が尿をもらしているところを比宮が見てしまったからでした。
「なんて世知がらい世の中だ」「家重、比宮に邪険に扱われるんだろうな」なんて思うんですけど、この展開は二人のラブラブへの布石でした。
比宮が家重のことを思いやり始めるきっかけになったのは、家重が思い通りにならない体に優しさと頭脳明晰を突っ込んだ人で、そんな人が陰口をたたかれながら頑張っていることを知ったからです。
比宮も優しく頭脳明晰な人物なので、ここからマッハで家重と仲良くなり、二人の間に子供ができます。
第三章の最後、子供ができたと家重に伝えた比宮に、家重が言う「もう十分……」から始まる言葉に感動します。第三章の149ページから150ページは必読です。
あとそれから、御庭番の万里が吉宗の命で、田沼意次を見つけてきます。
家重と会い話した天才意次は、家重も天才だと感じました。
第四章 大奥
第四章の見どころは、忠音との別れのシーンです。
忠音は最後の最後で家重の言葉を理解します。マジ泣ける。
比宮が家重の言葉を少し理解し始めました。THE愛の力。
しかし悲しいかな、比宮は子供を流産し、そのあと亡くなります。
比宮は亡くなる前に幸に遺言を残しました。「本当にすまんけど、殿の子を産んでくれ」と。
比宮の最後の言葉も「家重がさげすみをうけないように頼みます」でした。
死にそうだというのに比宮は家重のことしか考えていません。
一瞬、家重は幸せものだと思いましたけど、大好きな奥さんが死んじゃったら不幸すぎるよね、みたいな。
比宮が亡くなってショックの家重は「将軍になんかなりたくない」と忠音に言います。
リアルに言ったのが忠光だったので「忠光!!!」と忠光に怒った忠音でした、とかややこしいのですけど、「将軍になりたくない」とかを誰かが聞いていたらまずいだろ、ということを忠音は忠光に言いたかったのでした。
比宮がいなくなったショックは大きく、家重は酒に逃げました。
そんな自暴自棄な家重を見た忠音が「比宮さまがどれだけお前のことを考えていたかわからんのか。このすっとこどっこい」的なことを言います。
すると家重は「お・ま・え、登城禁止だ」と忠音に言いました。
誰が困るって訳している忠光です。
普段は忠光のことを考えに考えぬいている家重&忠音コンビが忠光のことをまったく考えていないのがおもしろかったシーンでした。
幸が忠光を呼び出し、家重に推挙してくれるよう頼みます。
幸から、比宮が家重を心の底から将軍にしたかったことを聞いた忠光は、比宮の遺言を伝えると幸に約束しました。
しばらくして忠音が亡くなります。
亡くなる直前、家重が忠音のところへやって来て「俺は将軍を目指してもいいか?」と忠音に訪ねます。
忠音はギュッと家重の手を握り返しました。
忠音は死ぬ間際、家重の言葉を理解することができました。
家重の言葉を理解した忠音と家重の最後のやり取りは感動しました。
また、忠音にシンプルな言葉でこれ以上ない「ありがとうございました」を伝えた忠光とのやり取りにも感動しました。
比宮の三回忌のあと、幸が家重の子供を産みます。
産まれた子供は男児で、文句なしの健康体。吉宗が「竹千代」と名をつけました。
竹千代ブランドは、家康から始まった将軍の世継ぎが授かってきた唯一無二の格別な幼名です。
第五章 本丸
第五章の見どころは、乗邑が命がけで「家重の次期将軍は認めない」と吉宗に喧嘩を売るところです。
乗邑は家重に詰め寄り、忠光をつるし上げ、吉宗をも黙らせて、チーム家重敗北か? と思われたところに救世主が降臨しますが、さて。
幸が家重の子供を産んだことに忠光が関係していることを乗邑が知りました。
吉宗は幸が産んだ竹千代を五歳で元服させて、家治という名に改めさせます。
幸は家治を将軍にしたいため、乗邑と仲良くなっていきます。
乗邑と仲良くなるということは、逆を返せば家重のことはどうでもいいということになります。
乗邑は家重のことが嫌いで将軍にしたくありませんが、家治のことは将軍にしたいと考えていました。
第五章で、吉宗、忠助と松平武元で鷹狩りに行くのですが、武元が吉宗に「将軍なんて、お飾りのしゃちほこだ」みたいなことを言います。
武元の話を聞いてあっけにとられた吉宗がボーっと武元を見ていると、武元が吉宗に「どうかしました?」と聞きました。
スゲーなこの人と個人的に思いました。三人で鷹狩りに行く、単行本の215ページ前後はおすすめです。
この鷹狩りで、吉宗は忠助と武元に「家重を次期将軍にしようと考えている」と言いました。
千瀬が家重の子供を身ごもったことがわかりました。
幸は乗邑に「おまえか、いらんことしたのは」的な感じで詰め寄りますが、乗邑は知らぬ存ぜぬで幸をぶっちぎります。
しばらくして千瀬は男の子を産みました。名前は万次郎と名付けられました。
老中やらのお偉いさんを集めて、吉宗が「次期将軍を家重にする。異論はないだろうな」と言います。
ここぞとばかりに乗邑が「家重はダメだ」をプッシュしてきます。
乗邑の武器は、忠光が幸&千瀬を家重に近づけたことでした。
乗邑は「このことは小さなことだけど、次からはもっと大胆なことを忠光がするだろう」と、吉宗やお偉いさんの前で言います。
理路騒然と話す乗邑に、さすがの吉宗もどうすることもできず、「お・ま・え、何とかしろ」と武元をにらみつけるのがやっとでした。
さらに乗邑は「家重を次期将軍にするのなら、忠光をやめさせろ」と言います。
それを聞いた家重は「忠光を遠ざけるくらいなら……」と言い始めました。
この場で「次期将軍にはならない」なんて家重が言ってしまったら、将軍への道は完全に無くなります。
これまで家重の言葉をプラスマイナスゼロで伝えてきた忠光でしたが、「次期将軍にはならない」という家重の言葉は口が裂けても言いたくありません。
がしかし、家重に「言うんだ」と促された忠光が決意を固め、もはや家重の次期将軍はなくなったと思われた瞬間、救世主が降臨します。
チーム家重を救ったのは、家重の息子の家治でした。
家治は忠光が途中まで言いかけた家重の言葉を巧みに入れ替えて、「権力を持つ家臣にするくらいなら、将軍のわたしは忠光を遠ざける」とか言い出しました。
このナイスジョブに吉宗も夢心地。ここぞとばかりに吉宗は「次期将軍は家重で決まり!」「今日ほどうれしいことはない」と言って広間を出て行きました。
完全に敗北した乗邑は老中をクビになり、減俸された上に屋敷も没収されるという散々な目に遭いました。
第六章 美濃
第六章の見どころは、忠光と意次が平田靫負正輔のことを話すシーンです。
意次が忠助のことを尊敬していることが会話のところどころに出て来るので読んでいてすがすがしい。
これまでの忠光の苦労が自然に流されていくようでした。
家重が将軍になって四年たちました。
家重に会いに来た人の中で、島津薩摩守宗信の家臣で平田靫負正輔という人物がいました。
この正輔さんは家重の言葉を理解し、皆を驚かせました。
そして、忠光が家重の言葉をちゃんと伝えていることを証明しました。
このころ、老中は六人体制でした。
武元は本多正珍と一緒に老中に任命され、同じ老中の酒井忠寄は貫禄がありました。ちなみに酒井忠寄もアンチ家重です。
吉宗は死ぬ前に最大級のほめ言葉と礼を忠光に言い、忠光のような友達を得たことを幸せだと思えと家重に言います。さらに吉宗は御庭番の万里のことを話しました。
これから万里は家重のために働いてくれるだろうと吉宗は言い、「儂は周りに恵まれた。この場にいるすべての者が、自分の最も大切な者だ」と言いました。
その場には、吉宗と家重、忠光と忠助、そして姿が見えない万里がいました。
1751年、吉宗が死に後を追うように忠助も亡くなります。
家重の話を理解していた平田靫負正輔が死にました。
死んだ原因は過酷な労働によるもので、正輔は切腹しました。
ブラックな労働環境のことを事前に聞いていた忠光でしたが、それを聞いた場に家重がいなかったため、忠光は家重にブラックな労働環境のことを家重に伝えませんでした。
ブラックな労働環境のことを伝えずに正輔が切腹したことに怒った家重は、忠光を怒鳴りつけました。
なぜ家重に言わなかったのかが理解できない田沼意次は、忠光に本心を聞きました。
忠光は「本当に正輔が死ぬとは思わなかった」と答え、家重の将軍レベルが上がり過ぎて頭の悪い自分ではついていけていないと感じていると意次に話します。
そんな自分が聞いたことを中途半端に家重に伝えるのはダメなことだと意次に言いました。
この話を聞いた意次は、「これからは俺を頼ってくれ」と言いましたが、忠光は愉快そうに笑い、「それはダメ」と言いました。
ここでの忠光と意次の会話を読むと、意次は忠光が本心で話すことができる数少ない人物だとわかります。
楽しそうに話す忠光がイイ感じで、読んでいてすがすがしいです。
第七章 大手橋
第七章の見どころは、家重と忠光の別れです。
家重が大手橋まで忠光と歩き、忠光を大手門へ送り出すシーンは泣けると思います。
目安箱に同じ訴状が二度も入っていました。
内容は、郡上にある金森藩の百姓たちが越訴したものでした。
越訴とは?
農民が庄屋をぶっちぎって、家老に直訴することです。
この行為は重罪で、ほぼ命がけだったようです。
郡上で大勢の侍が言いたいことも言えずに切腹し、百姓は打ち首にされていたことがわかります。
この件には、郡上藩主や勘定奉行、幕府の最高職である老中まで関わっていることがわかり、家重の命を受けて田沼意次が取り調べをします。
家重に「頼んだぞ」的なことを言われた意次が、誇らしげに忠光を見ながら言った言葉に感動しました。
「上様の小姓あがりがどこまでできるか、目に物見せてまいります」
第七章 296ページ
忠光はずっと家重の小姓あがりだと疎まれ蔑まれ貶められた人だったので、忠光は意次の言葉がうれしかったと思います。
意次がいなくなったあと万里が家重と忠光の前に現れるのですが、こちらの三人のやり取りも温かくて感動します。
長くなるのでここには書きませんけど、単行本の298ページから303ページはぜひぜひ読んでください。
誰よりも家重の我慢を見続けてきた万里の言葉が心に響くと思います。
忠光が倒れて、家重が将軍をやめることになります。
最後に家重と忠光は、お互いがどれだけ相手に世話になったかを話し、お互いがどれだけ相手のことを尊敬していたかを話しました。
家重が意次を呼び「家治に将軍職を譲る」と言ったあと、家重は忠光を大手橋まで送ります。
大手橋に着き、家重は「さらばだ、忠光」と言ったあと、「忠光に会えるのであれば、またこの不自由な身体でもいい」と言い、忠光の背中を軽く押します。
何十年分もの思いが詰まった、家重と忠光の別れが描かれる単行本312ページから320ページもぜひぜひ読んでいただきたいです。
第八章 岩槻
第七章の最後のインパクトが強すぎて、最後の章だというのにこれと言った見どころはありません。
家重と忠光の息子、家治と忠喜が忠光について語るところが描かれます。
忠光が死んでから16年後の話で、忠喜がいる岩槻の居城に家治がやってきます。
数年前まで忠喜は家治の奏者番をしていました。
12年間、奏者番をしていた忠喜でしたが「奏者番だけは極めてみたかった」と家治に話します。
「何ゆえだ?」とたずねた家治に、忠喜は「将軍の言葉を伝える役とはどんなものか知りたかったから」と答えました。
でも、奏者番は忠光のしていたこととは違うことがわかり、奏者番をやめたと家治に話します。
「忠光は家重の言葉を本当に理解していたのだろうか?」と考えていた忠喜でしたが、なんだかんだと父親の忠光のことを疑うことができませんでした。
忠喜は奏者番の職に就き、忠光が家重の言葉を理解していた証を見つけたいと願い続けていたのです。
以上です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。