「木挽町のあだ討ち」について書きます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
● 「木挽町のあだ討ち」の読み方は、「こびきちょうのあだうち」です。
● 「木挽町のあだ討ち」は、第169回の直木賞を受賞しました。さらに、第36回の山本周五郎賞も受賞しています。
● 単行本
今、2023年9月です。
Amazonでの売価は以下のようになっていました。
単行本が、1,870円
kindleが、1,683円
● 文庫
今、2023年9月ですが、文庫本は出ていません。
単行本の発売後、2年くらいで文庫本が出るのが普通です。
単行本の発売日が2023年の1月18日なので、2025年に文庫本が出る可能性が高いです。
● 朗読
購入者特典で関智一さんの朗読を聞くことができます。
単行本の帯の二次元バーコードを読み取ると、20分のフルバージョンが聞けます。
YouTubeに朗読のお試しバージョンがあります。気になる方は、ぜひ。
木挽町の仇討とは?
1月の末の20時過ぎに、木挽町の芝居小屋の裏手で一件の仇討ちがありました。
雪が降る中、赤い振袖を被った若者に、女性と間違えた博徒が声をかけます。
すると、若者は「引っかかったな、コノヤロー!」とばかりに、被っていた赤い振袖を投げつけて言いました。
「わたしは、伊納清左衛門の息子の菊之助だいっ!」
「作兵衛、お前はわが父の仇。いざ尋常に勝負しろ!」
高らかに声を上げ、名乗りを上げた菊之助は太刀を構えました。
対する作兵衛(BACKT)も脇差を構え、真剣勝負の決闘がはじまります。
見物人が見守る中、菊之助が作兵衛に一太刀浴びせ仇討ちは成功しました。
菊之助は作兵衛の首を取り、去っていきました。
この一件が、ちまたで「木挽町の仇討」と呼ばれています。
私自身がわかりやすいように、かなり自分の言葉に変えています。
基本的には間違ってないと思いますが、ちゃんとした「木挽町の仇討」について知りたい方は、本書を手に取ってください。
よろしくお願いいたします。
登場人物と簡単なあらすじ
ネタバレで各幕の登場人物と簡単なあらすじを書きます。
その前に、ざっくりとした大筋を紹介させてください。
というか、引き返すなら今です。
「木挽町のあだ討ち」はメチャクチャおもしろいです。
ネタバレなしで「木挽町のあだ討ち」を読んでから、また来ていただけるとうれしいです。
ざっくりとした大筋
● 木挽町で菊之助が仇討ちをしてから2年後、「木挽町の仇討」の話を詳しく知りたいと、18歳の旦那が木挽町に来ます。
旦那の正体は最後にわかります。
● 旦那エイティーンは「木挽町の仇討」のことを聞くために仇討ちを目撃した人物のところへ行き、話を聞き始めます。
旦那エイティーンが仇討ちの話をなぜ聞きに来たのかも最後にわかります。
● がしかし、いつの間にか仇討ちを目撃していた人物の生い立ちからこれまでの人生を聞くことになりました。
「聞くことになりました」というよりも、旦那エイティーンは積極的に話を聞きたがります。積極的に話を聞きたがる理由も最後にわかります。
「木挽町のあだ討ち」は、第一幕から第五幕+終幕までありますが、幕を追っていくごとに順序良く、バランス良く、仇討ちの裏話が小出しにされます。
各幕の流れは以下のような感じです。
1.みんなが知っている仇討ちの話
2.語り手となる仇討ち目撃者の今までの人生の話
3.仇討ちの裏話
仇討ちの大まかな内容は最初からオープンになっているので、仇討ちの細かな背景や、仇討ちを目撃した芝居小屋で働く人物の個性豊かなこれまでの人生を聞きながら物語を進めていくことになります。
第一幕 芝居茶屋の場
登場人物
● 木戸芸者 一八(きどげいしゃ いっぱち)
第一幕の語り手。
28歳。旦那十八歳に頼まれて「木挽町の仇討」を解説します。
● 旦那 十八歳
幕を通しての聞き手。終幕で正体がわかります。
「木挽町の仇討」から2年後、「木挽町の仇討」の話を聞きにやって来ました。
参勤交代で初の江戸番。6月に国元に帰る予定です。
● 作兵衛(さくべえ)
身の丈六尺の大男。30代の強面。
助演男優賞な仇討ちされる人。
● 菊之助(きくのすけ)
15歳くらいの色白の美少年。
主演男優賞な仇討ちする人。
● 伊納清左衛門(いのう せいざえもん)
菊之助のお父さん。
撮影中の事故で泉下の人に……みたいな人。
簡単なあらすじ
旦那十八歳が、木戸芸者の一八に「木挽町の仇討」の話を聞いているところから始まる第一幕なのですが、いつの間にか一八の生い立ちから、吉原の遊郭で生まれた一八がなぜ木戸芸者になったのかという、話になっていきます。
第一幕のはじめ、木戸芸者の一八が解説する「木挽町の仇討」が、馴染みのない語り口調なので読みづらいです。
木戸芸者の一八(28歳)の人生については「ふ~ん、そうなんだ」で、「ふ~ん、以上でも以下でもないな」という感想。28歳とまだまだこれからなので今後に期待。「頑張ってね」という感じです。
ただ、仇討ちをしたくない菊之助の気持ちをくみ取って言った一八の一言が良かったです。
「逃げちまってもいいですぜ」
第一幕 芝居茶屋の場 47ページ
この言葉を聞いた菊之助は「かたじけない」と言いました。
今後の幕で、菊之助が仇討ちをしたくない理由が明らかになっていきます。
第二幕 稽古場の場
登場人物
● 相良 与三郎(さがら よさぶろう)
第二幕の語り手。
御徒士相良喜八郎の三男。簡単に言うと、江戸住まいの下級武士の三男です。
芝居小屋で立師(たてし)をしている30歳。人生の転機はエイティーンでした。
菊之助に剣術という名の殺陣を指南していました。
● 浩二郎(こうじろう)
伊藤先生の甥。
へっぽこ剣術で弱い者いじめをする、ろくでなしブルース。
しかし、与三郎とお三津の愛のキューピットだともいえる存在。
● 伊藤先生
与三郎が10代のときに通っていた道場の先生。
必殺技は土下座です。
何ともできない甥をかばい、必殺技の土下座で、さまざまなことをうやむやにしました。
● お三津(おみつ)
与三郎の奥さん。竹を割ったような性格の人です。
「つるや」というメシ屋に勤務していたときに与三郎と知り合いました。
ちなみに「つるや」の親父さんと女将は、とてもいい人です。
● 尾上 松助(おのえ しょうすけ)
与三郎を芝居の世界に引っ張り込んだ人。
与三郎は「音羽屋の旦那」と呼んでいました。故人です。
松助の名称を息子の栄三郎に譲ったあと、松録(しょうろく)と名乗っていました。
簡単なあらすじ
旦那エイティーンは、三度目の来訪でやっと与三郎から仇討の話を聞くことができますが、与三郎が話してくれた内容はすでに知っている内容でした。
ということで、与三郎の過去の話が始まります。内容は、与三郎が武士の暮らしを捨てるに至った経緯です。
与三郎が18歳のとき、通っていた道場に「指南番を探している」という話しが来ますが、道場の伊藤先生は自分の甥の浩二郎を推薦しました。
この浩二郎は、とてつもないろくでなしブルースで、自分よりも弱いものには容赦なし。「刀は人を着るために存在する!」とか言って、与三郎の前で人を斬り殺します。
こんな人物なので人望はありませんし、周りの人たちも「浩二郎は師範として相応しくない」と言っていました。でも、指南番は浩二郎に決定し、与三郎は武士を辞めることになります。
目的も目標もなくした与三郎はフラフラとしていましたが、尾上松助に気に入られて芝居の世界に入りました。
その後、与三郎とお三津さんとのラブストーリーがあり、第二幕で感動したシーンは、ここ!
お三津さんが与三郎に弁当を届けに来たついでに言った一言です。
「それで、私と一緒になりますか?」
第二幕 稽古場の場 88ページ
待てど暮らせど二人の関係をはっきりさせない与三郎にお三津さんがはなったこんしんの一撃!
達人の与三郎でもこの一撃をいなすことはできず、今ではお三津さんと子供に囲まれて与三郎は幸せに暮らしています。
とか、どうでもいいラブストーリーは置いておいて、この第二幕で新たにわかる仇討ちの話は、作兵衛はナイスなガイで、ろくでなしブルースではないということ。半ば強引に叔父が仇討ち届を提出したこと。などです。
第三幕 衣装部屋の場
登場人物
● 二代目 芳澤 ほたる(よしざわ ほたる)
第三幕の語り手。
40代の女形。楽屋で衣装の支度や、つくろいをしています。
与三郎いわく、「めんどくさい女を相手に接するがよかろう」な、メンズ。
菊之助を「三代目芳澤ほたる」にしようとしていた。
● 初代 芳澤 ほたる(よしざわ ほたる)
二代目芳澤ほたるの人生の恩人で極楽への道しるべ。
赤色が似合わないため、名題にはなれず、芝居小屋では名題下の「相中(あいちゅう)」という立場でした。
四代目芳澤あやめに助けられた過去があります。
● 米吉(よねきち)
小塚原(こづかっぱら)の焼き場で火の番をしている隠亡(おんぼう)の爺さん。
幼くして天涯孤独になった二代目芳澤ほたるを育ててくれた人物です。
隠亡とは?
火葬をしたり、墓穴を掘ったり、お墓の管理をしていた人のことです。
簡単なあらすじ
二代目芳澤ほたるから聞いた仇討の話はこれまでとは違い、少し詳しく状況を説明したものになっています。
ほたるは天明大噴火の被害者で、母親とともに江戸に来ました。
江戸で母親が餓死し、初代の芳澤ほたるが母親を弔ってくれます。
母親を弔ったあと焼き場で過ごしていたほたるを隠亡の米吉爺さんが面倒を見てくれました。
二年ほど焼き場で過ごしたほたるですが、米吉爺さんが亡くなり焼き場から卒業します。
第三幕の明言は、ここ!
米吉爺さんが亡くなる前に、ほたるに残した言葉です。
「俺は手前の生きざまを悔いているわけじゃねえ。ちゃんと弔うために、なくてはならねえ役目だって思ってる。でも他人はな、隠亡を下賤の者だって蔑む。
第三幕 衣裳部屋の場 105ページ
そんな風に人を見下す野郎だっていずれ焼かれて骨になるって笑っていれば、俺はどうってこたねえ。だが、先のある子どもを同じ道に引き入れたいかって言ったら、そうは思わねえ」
その後、ほたるは米吉爺さんが生前に紹介してくれた千住のお坊さんについて行き、何年か寺で過ごしたあと、仕立て屋の職人に弟子入りしました。
仕立て屋では親方が認めるほどの腕前に成長しますが、ほたるのところへ回ってくる仕事は経帷子(きょうかたびら)ばかりでした。
経帷子(きょうかたびら)とは?
白い帷子(かたびら)のことで、死者に着せる白い着物のことです。
あるとき、先輩の作品に触ろうとしたほたるは「隠亡の穢れた手で晴れ着を触るな」と言われました。
侮蔑の目を向ける先輩の顔を見ながらほたるが思っていたことは「人を見下す野郎でも、いずれは焼かれて骨になる」という言葉でした。
ほたるにとっては、職人だろうが隠亡だろうが、みんな同じ、人は人。いずれ人は焼かれて最後には骨だけになる。このことを知っていることが、ほたるに力をくれました。
先輩とのいざこざで奉公先を退職することになったほたるは、芝居小屋の裏手で初代芳澤ほたると再会します。初代芳澤ほたるに勧誘されて、行く当てがなかったほたるは芝居小屋で働くことになりました。
芝居小屋で充実した生活をしていたほたるでしたが、初代芳澤ほたるが亡くなります。ほたるが初代芳澤ほたるに託されたのは、「芳澤ほたる」の名前でした。
ほたるは「芳澤ほたる」を名乗ることをためらっていましたが、初代芳澤ほたる没後20年記念で菊之助の投げた言葉がほたるの心に大当り。ほたるは預かっていると感じていた「芳澤ほたる」という名前が、自分に授けられた名前だと確信しました。
そんな菊之助に二代目芳澤ほたるは、「どうせみんないずれは骨になる。だから、男だからとか、武士だとか、要らない気負いは捨ててもいいんじゃね?」「武家の肩書を捨てて、芝居小屋に転がり込んでもいいんじゃね?」と提案します。なぜなら「転がることができる場所があることが、支えになるし、救いにもなるから」と二代目芳澤ほたるは考えたからでした。
この話を聞いた菊之助は「やっと骨の髄まで筋が通った気がします」とほたるに礼を言います。それからしばらくたった雪の日、仇討ちを遂げた菊之助はそのまま行っちまった、と、ほたるは話しました。
「木挽町の仇討」についてもっと知りたいという旦那エイティーンに、ほたるは芝居の小道具を作っている久蔵夫婦を紹介してくれました。
第四幕 長屋の場
登場人物
● 久蔵
「阿吽の久蔵」とあだ名がつくほど「ああ、うん」としか言わない人物。
話すのは「ここぞ!」というときだけです。
芝居の小道具を作って暮らしています。
● お与根(およね)
第四幕の語り手。
久蔵のお内儀さん。
阿吽の久蔵とは違い、口から先に生まれてきたような人物です。
簡単なあらすじ
ほたるに言われて、旦那エイティーンは久蔵夫婦に会いに行きます。
お与根さんから、菊之助が久蔵夫婦の長屋へ来た経緯や、仇討ちの話を旦那エイティーンは聞きました。
「以上!」とお与根さんは言い放ちますが、旦那エイティーンは「何でも聞くから」と帰らない気満々です。ということで、いつものように久蔵夫婦の馴れ初めから、昔ばなしが始まりました。
お与根さんの父親は木彫り職人で、弟子入りしたのが久蔵さんでした。
しゃべらないけど情に厚くて面倒見がいい久蔵さんとお与根さんが結婚したのは、お与根さんがセブンティーン、久蔵さんが24歳のときでした。
それから1年経って子供を授かります。名前は政吉(まさきち)と言いました。
あるとき、久蔵にお偉いさんがらみのビックな仕事が入ります。ただし、仕事が終わるまでは家に帰ることはできません。そんな仕事でした。久蔵は仕事を受けますが、政吉は「行っちゃいやだ」と言いました。
手付金がたんまりあるので、お与根さんと政吉が生活に困ることはありませんが、さすがに3カ月も帰ってこないと心配です。そんなとき、お偉いさんのお遣いの人が追加の手付金を持ってきたので「久蔵は達者ですか?」とお与根さんは聞きました。でも、お遣いの人から帰ってきた言葉は「達者だ。もうちょい待て」のみでした。
梅雨どきになって政吉が体調をくずしました。政吉は「おとっつぁんに会いたい」「おとっつぁんはまだ?」と言います。
お与根は知り合いを頼り、久蔵に連絡をします。久蔵は家に帰り、政吉は「おかえりよう」と言いますが、次の日の朝方に政吉は亡くなり、久蔵夫婦は生きる気力をなくしました。
「これではダメだ」「芝居でも行ってみるか」と二人で芝居小屋へ足を運ぶと、久蔵は三河屋の大看板、市川團蔵(いちかわ だんぞう)から仕事を依頼されます。仕事を依頼された久蔵でしたが、仕事が進みません。仕事が進まない理由は、市川團蔵の依頼した品が「芝居で使う子供の切り首」だったからです。
「政吉を亡くしたばかりの久蔵に子供の切り首を作ってくれと言うなんて鬼の所業だ」とお与根は思いましたが、久蔵が魂込めて作った斬り首は、穏やかに安らかに眠っているような表情をした政吉そのものでした。
病で苦しむ政吉の顔が脳裏に焼き付いていたお与根は、生前で一番かわいい政吉そのものの切り首を見て救われます。久蔵が作った切り首を使った芝居は成功し、切り首は久蔵夫婦の長屋で保管されることになりました。これ以降、久蔵は小道具一筋です。
その後、菊之助が長屋にやって来て、久蔵夫婦との生活が始まります。ある晩、菊之助が思いつめた顔をしていたので、久蔵夫婦は話を聞くことにしました。
菊之助は「父が私を斬ろうとして、止めに入ったのが作兵衛だった」と言いました。二人はもみ合った挙句、父は死に、運悪く現場を家老の遣いに見られてしまいます。とっさに「逃げろ、作兵衛」と菊之助は叫びました。
菊之助は「父を殺した相手に逃げろと言うなんてどういうことだ」と説教されます。家老と菊之助の叔父は「仇討せねば」と言い、仇討ちが決まりました。
「作兵衛は悪くない」「わたしは父に討たれた方が良かったのではないか」と言う菊之助に、久蔵夫婦は「そんなことはない、そんなことはない」と言いながら菊之助を抱きしめました。
「もう仇討なんかどうでもいいじゃないか」と思い始めたころ、作兵衛が見つかります。作兵衛は江戸に来て変わっていました。やさぐれた博徒に堕天していました。
菊之助が知っている作兵衛は天使だったので、仇討をためらっていましたが、堕天使になった作兵衛を祓うことにためらいはありません。そして、菊之助は悪魔祓い……じゃなくて、仇討を成功させました。
お与根さんが「『木挽町の仇討』は本当に立派だったよね」と久蔵に聞くと、阿吽の久蔵は「ああ、うん」と答えました。お与根さんは「もっと仇討について聞きたかったら、筋書の篠田金治を訪ねてみれば」と言うので、旦那エイティーンは、篠田金治を訪ねることにします。
第五幕 枡席の場
登場人物
● 篠田 金治(しのだ きんじ)
第五幕の語り手。
戯作者(げさくしゃ)で、50歳。
いろいろと名前を持っている人物というか、多彩な人です。
劇評では、七文舎鬼笑(しちもんしゃ きしょう)と名乗り、落語をたしなむときは、入船扇蔵(いりふね せんぞう)と名乗っています。
元々は旗本の次男坊で、野々山正二(ののやま しょうじ)という、なんか昭和生まれのおじいちゃんにいそうな名前でした。
戯作者とは、通俗小説家のことです。
通俗小説とは、芸術性よりも娯楽性や大衆性を大事にした小説です。
有名な戯作者には、十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)や、山東京伝(さんとう きょうでん)がいて、江戸後期に活躍ました。
● 並木 五瓶(なみき ごへい)
上方から来た、芝居の筋書をしている人物で40代半ば。
小柄で機敏。聞き上手な人物です。
腹上死じゃなくて机上死した、筋書が好きで面白くて楽しくて仕方がない、幸せな人。
並木五瓶の聞き上手が、篠田金治の人生のレールを切り替える転てつ器となりました。
● お妙(おたえ)
篠田金治の元許嫁で菊之助の母親。
聡明で優しい人物です。
● 清様(伊納清左衛門)
菊之助の父親。実家は三百石を越える大名家です。
あるとき、道で転んだお婆さんを見つけたお妙が、服が汚れるのも気にせず助け起こした姿を見て、Love You Only.
まぶしいくらいの誠実でフレッシュなフラッシュを篠田金治に浴びせ、篠田金治の心のモヤモヤをまばゆい光で吹き飛ばしたナイスガイです。
簡単なあらすじ
饅頭と出がらしのお茶を前に、これまでの幕のように篠田金治の昔話が始まります。
旗本の次男坊として生まれた篠田金治は、何不自由なく暮らしていける身分でした。
金銭的な面だけでなく、長男さんがよくできた人で実家を任せることができますし、さらに父親が羽振りの良いご近所旗本の娘さんと結婚を決めてきてくれるようなラッキーマンです。
篠田金治は、遊んでいるだけでご飯が食べていける、悠々自適なレールの上を進んでいましたが、そんな境遇がおもしろくなかったようで、許嫁との結婚を円満に決裂させ、偶然知り合った並木五瓶を師匠と仰ぎ、上方へ筋書修行に行きます。
上方へ行き、並木五平に弟子入りしたあと、篠田金治は筋書になりました。しばらくすると、並木五平が書いた「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)」という戯作が上方でスマッシュヒットします。評判を聞いた江戸の芝居小屋に並木五平が招かれたのを機に、篠田金治も江戸に戻りました。
楽しく過ごしていましたが、並木五平が亡くなります。残された篠田金治は、筋書を書いては劇評で役者と会い、ときどき寄席の高座に上がるという忙しい生活をすることになりました。
そんな生活をしていた篠田金治のもとへ、20年ぶりにお妙から手紙が届きました。手紙には夫の清左衛門が死んだこと、息子の菊之助が仇討ちを立てたことが書かれていました。
さらに追加で手紙が届きます。その手紙には清左衛門が横領事件を調査していて、家老たちに命を狙われていたと書かれていました。さらに「清左衛門には何か考えがあったのではないか?」「作兵衛は何かを知っているのではないか?」という疑念が生まれたが、清左衛門は死に、作兵衛は国元にいないので確認ができないと手紙には書かれていました。
篠田金治は、芝居小屋で見つけた菊之助にお妙からの手紙を見せました。そして「作兵衛が見つかるまで、しばらく芝居小屋にいたらいいんじゃね?」と提案します。
父親が死に、その直前に切りかかられる芝居に巻き込まれて、世話になっていた作兵衛が、自分をかばった末に父親を殺した罪で追われている状況の菊之助です。さらに菊之助は、無実の作兵衛を殺さなくてはいけないというポジションにいます。いくら何でも15歳の菊之助には荷が重すぎて心が折れる寸前でした。
篠田金治は、「仇討をあきらめてもいいんだぜ」と言いますが、菊之助は「オレ・武士・あだ・討つ!」と真っ直ぐに言いました。篠田金治は、菊之助がこれから幸せな武士道を歩んでいけるような仇討ができるよう、力を貸すことにします。
終幕 国元屋敷の場
登場人物
● 2年後の菊之助
終幕の語り手で「木挽町の仇討」の主人公。
● 総一郎(そういちろう) 旦那エイティーン
終幕で名前がわかった、旦那エイティーン。
● お美千(みち)
総一郎の妹。菊之助の許嫁。
簡単なあらすじ
総一郎が江戸から戻り、菊之助と話すシーンから始まる終幕です。
菊之助、総一郎と妹のお美千は、小さいころから作兵衛のことを知っていて、二人は作兵衛の面倒見がよくて優しいところも知っていました。
その作兵衛を斬り、菊之助は帰って来たけれど、菊之助は総一郎とお美千に仇討ちの詳細を語りませんでした。仇討の詳細を語らなかった理由は、うまく語る自信がなかったからです。
そんな中、総一郎が江戸番に行くことになったので、菊之助は「これはチャンス!」と自分よりもおしゃべり達者な江戸の詐欺仲間に「木挽町の仇討」の解説を丸投げすることにしました。
ということで、江戸の詐欺グループに話をしてもらって、心の準備ができている総一郎に「木挽町の仇討」の詳細を菊之助が話し始めます。
江戸へ行き、お金が無くなり木挽町の森田座で木戸芸者の一八に面倒を見てもらったこと。
久蔵夫婦の長屋にお世話になったこと。
芝居小屋の前でみすぼらしい恰好をした作兵衛と再会し、「それでもやっぱり優しい作兵衛を死なせたくない」と思ったこと。
国の家老が不正をしている帳簿があること。
叔父が不正に加担していること。
父は乱心しておらず、八方ふさがりで死を選んだこと。
菊之助が八方ふさがりのところを篠田金治をリーダーとする江戸の詐欺グループが助けてくれたこと。
などなどです。
菊之助は、篠田金治に「ちょっと仇討のことは忘れとけ」と言われます。
菊之助が「ボーっと」している間に、作兵衛が「まったく似合わない」博徒にジョブチェンジしました。
江戸の詐欺グループが作兵衛を博徒に変身させた理由は、通りすがりの乞食を仇討しても話題にならないからです。見た目ナイスな菊之助が、ゴロツキ博徒と派手に立ち回って討つ仇だから、周知が知る事実として成立するという理屈です。
この企みを菊之助は知りませんでした。仇討作戦を悪党の「あ」の字すら見えない作兵衛から聞いた菊之助は力が抜けてしまい、「仇討、やめるか」なんて作兵衛に言いました。それでも作兵衛は斬られる気満々です。
菊之助は、人として作兵衛を斬りたくない。でも、武士として仇討を成功させ、清左衛門の志を受け継いで不正を暴きたい。そのうえで、家名と母親を守りたい。けど、作兵衛を斬るのはやっぱり嫌だ。これが菊之助を苦しめる無限ループです。
この無限ループに苦しむ菊之助を見ていた篠田金治は、「おっしゃ、まかしとけ」と、作兵衛を殺すことなく、家老たちの不正を暴き、家名と母親を守りつつも仇討を成功させるアイデアを考えます。そして、芝居小屋の千秋楽の日、なんちゃって仇討作戦が開始されました。
なんちゃって仇討作戦なので作兵衛は死にません。菊之助は派手な衣装をほたるに着せてもらい、仇討ちがよく見えるように一八がライトをセッティングしました。菊之助がライトの当たる芝居小屋の裏手で待っていると、作兵衛と子分に化けた一八がやってきました。
菊之助と作兵衛がなんちゃって小競り合いをしていると、声を聞きつけた野次馬が裏手に集まり始めます。タイミングを見計らって菊之助は腹に力を入れてこう言いました。
「我こそは伊納清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそ我が父の仇。いざ尋常に勝負」
終幕 国元屋敷の場 255ページ
一八のボイストレーニングを受講していたおかげで、声は芝居小屋の裏手に響き渡りました。
どんどん人が集まって来て、頃合いを見た作兵衛も腰の刀を抜きます。「やあ」と作兵衛が斬りかかり、なんちゃって斬り合いが始まりました。適当な時間を斬り合い、作兵衛は菊之助にちょっと斬られてライトの当たらないとことまで下がり、さらにライトが当たらないところで派手に斬られて血しぶきをあげて倒れました。
白々しく「親分」と作兵衛に駆け寄った子分役の一八が、背負っていた風呂敷包みの中から作兵衛の切り首を胸に置きます。その切り首を手にして菊之助はこう言いました。
「父の仇、討ち取ったり」
終幕 国元屋敷の場 261ページ
菊之助はそのまま切り首を抱え、野次馬の中へ突っ込んで行き、暗闇の中へ消えました。
そのあと菊之助は番所へ行きました。役人は切り首をちゃんと見分せず「仇討が成功してよかったね」と、口先だけで祝ってくれました。
さすがに国元で切り首をまじまじと見分されるとニセモノだとバレるので、「途中で弔いました」と、あらかじめ作兵衛から受け取っていた血のりつきのまげを国元の役人に提出し、なんちゃって仇討作戦は成功します。
その後、家老と叔父を国から追い出しました。
今、作兵衛は権太と名を変えて、芝居小屋の奈落で働いています。
菊之助は総一郎に「次の江戸番で木挽町でお世話になった江戸の詐欺グループの人たちに会って芝居が見物したいので付き合ってくれ」と言いました。
「木挽町のあだ討ち」は5つ星の内容でした。
ぜひとも読んでいただきたい、おすすめの本です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。