「貸本屋おせん」高瀬乃一 著を読みました。
ミッションインポッシブルのようなハラハラドキドキはありませんが、主役のせんが問題に巻き込まれてそれを解決していく過程が丁寧に描かれていて面白かったです。
「貸本屋おせん」の登場人物とあらすじを書きます。
よろしかったら、お付き合いください。
登場人物
せん
主役。
貸本屋の梅鉢屋(うめばちや)を経営している。
貸本屋を初めて5年目の駆け出し。
福井町千太郎長屋に住んでいる。
井田屋正兵衛(いだやしょうべえ)
せんのお得意様の一人で、もともとは江戸日本橋で足袋屋をしていた。
還暦を迎えて亀戸村で隠居暮らしをしている。
本に詳しい。
熊吉(くまきち)
せんが住んでいる福井町の木戸番小屋にいる。
熊吉なのに狗でアサシン。
平治(へいじ)
せんの父親でギャンブラー。じゃなくて、板木屋をしていた。
「後れ毛平治」と称された腕前は、江戸で一、二を争うほどだった。
ある事件がきっかけで生きる希望を失い、せんが12歳のときに川にダイブして死んでしまう。
登(のぼる)
武器はゴボウ。
普段は頼りないが、せんがピンチのときはゴボウを片手にマッハで駆けつける、せんの幼馴染。
11歳のころから、野菜の棒手振り(ぼてふり)をしている。
棒手振りで稼いだ日銭は、寝たきりの父親の薬代に使っている親孝行息子である。
燕ノ舎(えんのしゃ)
本名は藤吉郎(とうきちろう)。
大筒屋の入り婿で、元武士で、元絵師で、今は死病ホルダー。
せんの父親、平治の死にも少し関わっている人物。
みすゞ
大筒屋のおかみさん。
なんだかんだと、藤吉郎のことが好き。
せんの良き理解者で、せんの力になってくれる。
喜一郎(きいちろう)
通油町の南場屋六根堂の主で、せんの恩人。
南場六根堂は、せんが足しげく通う地本問屋。
せんの父、平治も南場六根堂から彫の仕事を多く請け負っていた。
曲亭馬琴(きょくていばきん)
江戸一の戯作者として登場する。
元飯田町界隈では、かなりの偏屈者として名高く、人付き合いも嫌がる。
徳一(とくいち)
伊勢屋の主人。
ダルマのようないかつい顔の本多髷(ほんだまげ)。
本多髷(ほんだまげ)とは?
江戸中期以降に流行した男性の髪型で、粋な人や遊び人が好んだ。
本多忠勝の家中から広まったとされています。
甚左(じんざ)
四谷の岡っ引き。
永代橋の崩落で母親を亡くしている。
世の中のことをよく理解し、うまく立ち回っていたが、母親の死が冒涜されるのが許せなかった人物。
平兵衛(へいべえ)
うちわ問屋の七五三屋(しめや)の主。
トイレで踏ん張り戦死♪
笑いを取ることに命をかけた戦士♪
志津(しづ)
七五三屋のおかみさん。
天然痘に顔をボロクソにされた不運な人。
隈八十(くまやそ)
神出鬼没なタコ坊主。本名は公太。
だみ声を武器に商売ガタキを威嚇して本を競り落としている。
板株を持たず、本の売買だけでもうけを出す売子(うりこ)をしている。
見た目も性格もろくでもないが、わりとミスタージェントルマンでせんを助けてくれることもある。
三郎衛門(さぶろうえもん)
七五三屋の若い主で約二十歳。
若いのに腰の据わった落ち着きのある話し方をする。
三郎衛門の太めに描きこまれた眉は歌舞伎役者のようで、笑いをこらえる作業が必要である(せん談)。
公之介(きみのすけ)
刃物屋のうぶけ八十亀(やとがめ)の6代目で本好き。
長身で美白。日本橋界隈では名の知れたイケメンである。
商いにはまったく興味なし。本を読み漁っている、せんのお得意さま。
リッチ感を前面に押し出されても嫌味にならない、生まれながらの富裕層。
お松
中目黒町にある老舗の料理屋「竹膳」の娘。
若くして嫁いだが、夫に先立たれて寡婦(かふ)となる。
子どもがいなかったので嫁ぎ先に追い出された。
実家の竹膳を手伝いながら暮らしている。
小千代(こちよ)
親の借金のせいで桂屋に売られ、桂屋で針仕事をしている。
せんに本を借りたままバックレて「日延べ見料をよこせ!」とトツられるところだった。
桂屋善十郎(ぜんじゅうろう)
桂屋の主人。
もともとは上州で小さな賭場を仕切る胴元をしていた。
役立たずと歯向かうやつをすぐ殺す悪い癖がある。
藤吉(とうきち)
桂屋で揚げ代が払えない客を追い回す部署の部長で、かなりの武闘派。
揚げ代とは?
遊女や芸者を揚屋に呼んで遊ぶときの代金です。
第一話 をりをり よみ耽(ふけ)り
一
貸本屋のせんは、お得意さんの井田屋正兵衛(いだやしょうべえ)の知り合いで、大筒屋の入り婿の燕ノ舎(えんのしゃ)の存在を知りました。
井田屋正兵衛は「目新しい貸本がないのなら、大筒屋を訪ねてみては?」と、せんに助言をくれます。
二
せんは大筒屋へ行き燕ノ舎が所蔵している本を写本させてもらえることになります。
蔵に所蔵されていた読物や草双紙、錦絵や浮絵などの数は膨大な量でした。
三
せんが大筒屋で写本をしていると背後から男が顔をよせてきます。
男の正体は燕ノ舎で、燕ノ舎は十数年行方をくらましていたのに、ちょいと散歩にでも出かけていたかのような、いで立ちと振る舞いでした。
せんの父親、平治がなぜ死んだのかわかります。
平治が彫るのを担当した「倡門外妓譚(しょうもんがいぎたん)」という読物が、公儀を愚弄する内容だとされました。
彫師の命である板木をカンナで削られ、平治は同心に指を折られました。平治は酒におぼれ、せんが12歳の秋に川に身投げして死んでしまいます。
せんは、町名主から禁書の版元、戯作者と挿絵師が姿をくらましたと知らされました。
四
せんは南場六根堂の喜一郎に「奉行所に目をつけられているかもしれないから気をつけろ」と助言されました。
せんは大筒屋でみすゞに下り酒をごちそうになりながら、平治が密告されたと考えます。
下り酒とは?
上方(灘や伊丹など)から江戸に運ばれた清酒のことです。
江戸時代、江戸周辺で作られていたのは「どぶろく」のようなお酒でした。
大筒屋から、せんが住んでいる福井町へ帰る頃には真っ暗でした。
せんの部屋の前に男が立っていたので、ちょうちんを上げて声をかけます。
男は、匕首(あいくち)を持った押し込みでした。
せんは殺されそうになりますが、長屋の指物師のおかげで命拾いします。
逃げていく押し込みは、「カラン、カラン」と音を立てていきました。
その「カラン、カラン」という音は、せんが幼いころから聞きつづけた、夜の拍子木の音でした。
五
せんが襲われて4,5日たったころ、木戸番のアサシン熊吉が姿を消しました。
せんは燕ノ舎の手ほどきを受け、写本の挿絵を描きます。
せんは手ほどきを受ける中で、平治の命を奪った「倡門外妓譚」の絵師が燕ノ舎だと気づきました。
「倡門外妓譚」の挿絵は、大門に刃を向けたものでした。
燕ノ舎は悪ふざけで「倡門外妓譚」の絵を作ったのではなく、作者の本意をくんで大門に刃を向けた絵を作ったと、せんは考えたのでしょう。
だから去り際、せんは「またここに来ていいかい」と燕ノ舎に言ったのだと思います。
第二話 板木どろぼう
一
南場屋六根堂から、曲亭馬琴の新作の板木がなくなります。
地本問屋にとって板木は女房子供よりも大事だとされていて、その板木をなくしたことを世間に知られたら南場屋喜一郎はおしまいです。
喜一郎に頼まれ、せんは板木を探すことになりました。
今回の曲亭馬琴の新作は伊勢屋と南部屋の相版で、板木を盗んだのは伊勢屋だと喜一郎は疑っていました。
「相版」とは?
一つの本を作るために、他の本屋と出資金を折半することです。
相版するときは相手に抜け駆けされないように、板木をそれぞれ分けて手元に置くのが習わしでした。
その手元に置いていた板木を南場屋喜一郎はなくしてしまったのです。
そんなこんなで、せんは伊勢屋に探りを入れることになりました。
二
せんは伊勢屋へ行き、主人の徳一と会います。
徳一は曲亭馬琴の新作が出ることを最初はスルーしていましたが、せんがあちこちに新作の噂を広めてくれた方がいいと考え、新作の内容を教えてくれました。
曲亭馬琴の新作は、2年前に起こった「永代橋(えいだいばし)崩落」の裏側を書いたものでした。
永代橋の崩落では、1,400人の見物人が死んでいます。
三
せんは伊勢屋に探りを入れましたが、南場屋からなくなった板木の手がかりはないままでした。
せんは手がかりを求めて、四谷麹町の彫師、六左衛門(ろくざえもん)のところへ行きます。
六左衛門のところで、手がかりを見つけました。
甚左という岡っ引きが板木の紛失に関わっているようです。
四
せんは伊勢屋に「甚左が板木を盗みに来るかもしれない」と伝えました。
伊勢屋の主人の徳一がどうしても外せない法要があり、伊勢屋の留守をせんが預かることになります。
甚座が板木を盗みに伊勢屋にやって来て、せんが殺されそうになったところを登がゴボウを手に参上し、せんは命拾いしました。
甚座が板木を盗んだ理由は、永代橋が崩落したときに亡くなった母親のことを書かれたからです。
本当は死ななくてもよかった母親が死んだことを美談にすげ変えて、金儲けの道具にされることに甚座は納得いきませんでした。だから、甚座は板木を盗んだのです。
伊勢屋の板木は無事でしたが、南場屋から消えた板木は甚座がすでに燃やしていました。
結局、伊勢屋が出した板木の金を南場屋が立て替え、曲亭馬琴の新作はお蔵入りになりました。
第三話 幽霊さわぎ
一
七五三屋(しめや)の主人の平兵衛が頓死し、その通夜の場で妻の志津が情事にふけっていると、死んだはずの平兵衛が腹を立ててチョット生き返ったというさわぎが起こります。
いまや「七五三屋の怪異」として、将軍の耳に入るほどの騒動になりました。
そんな中、隈八十(くまやそ)という売子(うりこ)が「七五三屋お志津の『寛永寺楼落葉』初摺り」をせんのところへ売りに来て、せんは寛永寺楼落葉の初摺りを買いました。
せんは絵の中に「菜 碁 山 糸 豆(し め や し づ)」と書かれた隠し文字を見つけます。
二
幽霊騒ぎの前から「七五三屋お志津」は美人女将として有名でした。
お志津の情事の相手とされる新之助が殺され、死んだ平兵衛の亡霊が殺したとうわさされます。
せんは偶然に隈八十と会い、隈八十から買った「七五三屋お志津の『寛永寺楼落葉』初摺り」は、殺された新之助が七五三屋から盗んで売り払ったものだと聞かされました。
三
新之助が死んだ「笑福」はあいびき宿です。
「笑福」のオーナーの善吉(ぜんきち)は新之助と古い馴染みで、家賃が払えず長屋を追い出された新之助が「笑福」に居ついても無下にはしませんでした。
せんは「笑福」へ行き、善吉から新之助が殺されたときのことをいろいろと聞きますが、真犯人にたどり着く情報は得られず、「やっぱり、平兵衛さんの亡霊に新之助は殺されたのかもね」に落ち着きました。
四
新之助を殺した犯人を捕まえることができない御番所がしびれを切らし、奉公人を調べるために七五三屋に町方役人が突撃します。
七五三屋の周りをうろちょろしていた、せんを、七五三屋の主、三郎衛門が招き入れ、女将の志津が「本を借りたい」と言っていると伝えました。
せんは招かれた七五三屋で、志津の顔が疱瘡の痕をかきむしったせいで焼けただれたような顔になっていることを知ります。
せんは志津との会話の中で「七五三屋お志津の『寛永寺楼落葉』初摺り」に「菜 碁 山 糸 豆(し め や し づ)」と書入れたのは、志津本人だったことを知りました。
五
新之助を殺した犯人が「笑福」のオーナーの善吉だとわかります。
志津にZokkon命だった善吉に、志津の顔のことを新之助が面白おかしく話したので、キレた善吉が新之助を殺してしまった、というのが真相でした。
第四話 松の糸
一
せんは、うぶけ八十亀(やとがめ)の若旦那、公之介(きみのすけ)から「雲隠(くもがくれ)」を探すよう、依頼されます。
源氏物語の「雲隠」は幻の本で、あるかどうかもわからない本でした。
公之介が「雲隠」を探す理由は、惚れた相手のお松が「『雲隠』を探して来たら一緒になってもいい」と言ったからでした。
二
せんは隈八十に「雲隠」探しを依頼します。
ちなみに「雲隠」とは?
源氏物語の「幻」と「匂宮」間に存在するとされている帖ですが、「雲隠」を見た人はいません。
「雲隠」には、源氏の君の死が描かれているとされています。
初めは「『雲隠』なんか存在しない」と笑っていた隈八十ですが、お松の元亭主が残した大量の蔵書の中に「雲隠」があったのかもしれないと感じた隈八十は、せんの依頼を受けました。
三
せんは隈八十を連れて「雲隠」の詳しい話をお松に聞くために竹膳に行きます。
元亭主が残した蔵書は夫の実家がすでに売却しており、売った先も教えてもらえませんでした。
隈八十は、江戸中の売子や古本屋などに聞き歩きましたが、本を売った先はわかりませんでした。
四
せんのところへ「蔵書の売却先がわかった」と隈八十が訪ねてきます。
売却先は本屋ではなく、古道具屋でした。
せんは紐でくくられたままの蔵書の山を金三分で買います。
ちなみに金三分は6万円くらいです。
古本の山に6万円はかなりの高額です。
なので、古道具屋の店先でひともんちゃくありました。
せんは古道具屋から荷車を借り、蔵書の山を長屋へ運びました。
せんは蔵書の山の中から、流ちょうな平仮名で「くもがくれ」と書かれた本を見つけます。
五
見つけた「くもがくれ」を持って、せんは公之介と一緒にお松に会いに行きます。
「くもがくれ」はお松の探していた本でしたが、幻の帖「雲隠」ではありませんでした。
「くもがくれ」は、夫が妻へ残したラブレターでした。
お松はラブレターを残してくれるほど素敵な夫のことを忘れられないのかと思いきやそうではなく、お松は「くもがくれ」に挟まっていた「三行半(みくだりはん)」を探していたのです。
三行半=離縁状には、
離縁する理由と、お松が誰と再婚しようとかまわない、という文言が明記されていました。
つまり、お松はこの離縁状がないと、他の人と再婚できないということです。
離縁状を見つけたことで、公之介とお松は無事に再婚できそうです。
イイ感じのふたりを見た、せんが「キューピット役に三分も散財したのかい!」と文句を言ったら、公之介が「次の見料をドンと払ってあげるよ」と言います。
せんが「三分ではなく、一両だったかも」と言いました。
第五話 火付け
一
せんが貸した「両禿対仇討(ふたりかぶろついのあだうち)」を持って足抜けした小千代を探すことになります。
足抜けとは?
芸妓、娼妓から、借金を返さずにバイバイキーンすることです。
二
せんは桂屋の藤吉らが揚げ代を払わない男を袋叩きにしているところを目撃します。
藤吉たちのあまりにひどいやり方に、せんは桂屋軍団よりも先に小千代を見つけようと考えました。
三
小千代が姿を消してから10日ほど経ちましたが手がかりはありませんでした。
せんのところへ桂屋の玉緒が訪ねてきます。
玉緒は、冬の角町で起こった火事は、小千代が桂屋善十郎の指示で火をつけたのだと言いました。
チーム桂屋が小千代を探していた理由は、火付けの真相を暴露されると困るからです。
玉緒は「小千代を逃がしてやってくれ」と、せんに頼みました。
しかし、せんは本をあきらめる踏ん切りがつかずにいました。
なぜなら、小千代に貸した「両禿対仇討」には替えがきかない、あるものを隠していたからです。
四
登が小千代に貸した「両禿対仇討」を持ってせんのところへやってきます。
登は、せんに「両禿対仇討」を返してくれと小千代に頼まれたと言いました。
せんは藤吉たちに尾行されていることを知りながら、小千代がいる部屋を訪ねます。
せんが部屋の障子を開けようとしたとき「そこが小千代の隠れ家か!」と藤吉たちが突撃してきましたが、部屋に小千代はいませんでした。
せんは藤吉たちを出し抜いたのです。
五
藤吉たちに尾行された夜から3日後、疲れ果てた登がせんのところへやってきます。
登は小千代を熱海の少し手前まで送り届けた帰りでした。
自分がおとりとなって藤吉たちを出し抜いた夜、せんは登に小千代を逃がすよう依頼していたのです。
せんが小千代を江戸から逃がしたことは桂屋善十郎も知っていて、藤吉の立場は悪くなりました。
その後、火事が起き、せんが住んでいる千太郎長屋が燃えます。
せんは、火消したちに混ざって笑みを浮かべる藤吉を見ました。
せんは背中に背負っている本を置き、子供を背負って火から逃げます。
せんが一筆一筆したためた写本、父親の平治が遺したノミや、登からもらったかんざしも灰になってしまいました。
六
火事の翌日、せんは桂屋に怒鳴り込みます。
対応した桂屋善十郎は、「うちには藤吉という男はいないよ」と言いました。
怖いよ桂屋。
アディオス藤吉。
火事から4日後、仕事ができないせんの仮小屋へ古本とかりんとうを持った喜一郎が訪ねてきます。
喜一郎は平治が彫った禁書が火事で燃えたことを案じていました。
せんは仮小屋から「両禿対仇討」を持ってきます。
「両禿対仇討」には仕掛けがあり、そこに平治が遺した禁書の一番摺りが隠してありました。
しばらくすると登がやって来て「せんに返してくれ」と頼まれたといって、たくさんの読本、草双紙や合巻などを持ってきました。
翌日から、せんは貸本屋を再開しました。
せんは、しばらく高荷を背負っていなかったので、まっすぐに歩けませんでしたが、だんだんと背中が軽くなり、跳ねるように歩いて行きました。
以上です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。