「8050」とは、80歳の親が50歳の子供の面倒を見ている状態のこと。らしいです。
わたくし、恥ずかしながら「8050」を知りませんでした。
そんなこんなで、本書を読み進めていくと「いや、なんかコレ想像していた内容と違うぞ」みたいな。
そりゃそうですよ。「8050」を推理小説だと思って読み始めていますから。
いやだって、背表紙にババーンって「小説 8050」なんて書かれていたら、「この8050はきっと推理のカギになる数字なんだな」って思うじゃないですか。
閉じられたトビラから意味深な光が漏れている表紙を見たら、「この小説はきっと密室殺人的なやつだ」と思うじゃないですか。
でも、全然違うというね。「そのト・ビ・ラ、引きこもりの扉かよー」というね。
勘違いで推理小説じゃなかったり、親は80歳じゃないし、息子も20代で「8050どこ行った?」みたいな感じで出鼻くじかれましたが、弁護士の高井 守(たかい まもる)が出てくる167ページから面白くなってきて瞬く間に完読でした。
面白さの熱量が薄れないうちに、やたらと長い、登場人物紹介という名のあらすじのようなものと、感想を書きたいと思いますので、お時間があればぜひ。
登場人物紹介とは名ばかりで、あらすじのようなもの
大澤 正樹(おおさわ まさき)
歯科医師。50代。主役。何かが起こっても割と事なかれ的な人だった……が、翔太のガラス破壊事件で覚醒。「裁判だ!」とか言い出す。裁判は息子の翔太が中学生のときにいじめられていたことに対するもの。もう7年も前の話。皮肉なことに、翔太がいじめられるきっかけとなったのは、正樹おすすめの学校での歯磨きだった。裁判はいじめていた3人組を訴えるというもので、弁護士探しから始まり、正樹が証人を探したり話を聞いたりする中でトラブルが続出。それを何とかしようと頑張って走り回るので「頑張れ、正樹」と感情移入。そこから物語が少しずつ面白くなる。お父さん、ありがとう。さらに「ちょっとダレてきたかな」と思う物語の終盤でも、ある写真を見て瞬間湯沸かし器よろしく翔太に燃料注入。ダレてきた物語を面白くしてくれる。お父さん、さらにありがとう。本気を出したら事なかれどころか留まることなかれで、翔太のために走り回ることができる人。結局、最後まで翔太のそばにいた人である。お父さん、ありがとう。
大澤 翔太(おおさわ しょうた)
正樹の息子で21歳。翔太、甘いバーモントカレーが好き。リクトが嫌い。カリカリベーコンが好きかどうかは知らない。中高一貫の進学校、清楓学園(せいふうがくえん)でいじめにあい、14歳から引きこもり。焼却炉に閉じ込められたことがあるし、二階の教室からさかさ吊りにされたこともある。ここまでのことをしたら大澤さんでなくても大騒ぎさんになるはず。学校側が「知らない」で隠し通すには無理があると思うが、どうなんでしょ。初登場シーンから最終ページでのレベルアップの仕方がちょいと不自然なくらい翔ぶキャラクター。弁護士の高井守が家にやってきてからは、サルから有識者くらいまで翔ぶ。正樹の燃料注入でも翔ぶ。しかし最後には、不死鳥のごとく復活する。たぶん150万円でさらに復活する。その後、起業して月収150万円くらいは稼ぐはず。
大澤 節子(おおさわ せつこ)
正樹の妻。過去の義父とのいざこざで、正樹といつ離婚してやろうかと手ぐすね引いて待っている。弁護士の高井守を大澤家に降臨させるきっかけを作ったにもかかわらず、「裁判なんてしたら、わたしが許さないから」とか、めんどくさいことを言いだす。でも、わからなくもない。未来で「だから私は反対だったのよ!」みたいなことをネチネチ言うな、とツッコミたい。ネチネチ言うのなら、「その場ですぐに全身全霊全速力で反対せんかい!」とも言いたい。でも、言えないときってあるのよね。なので、ネチネチ言いたくなる気持ちもわからなくはない。離婚してガッポリもらって悠々自適に暮らしており、たまに大澤家に翔太の好きな甘いバーモントカレーなんかを作りにくる。
野口(旧姓 大澤) 由依(のぐち ゆい)
正樹の娘。大澤家の長女。翔太の5歳年上の姉。中高一貫の女子高を卒業したあと、現役で早稲田大学の政経学部に入学したガッツな才女。えらが張っていることを気にしている(正樹 談) 由依の結婚話から、「引きこもっているアイツを何とかしろ」的な感じで、翔太を現世に戻す儀式がスタートする。逆に由依がめんどくさいことを言い出さなかったら、何も始まらなかった。こいつも母ちゃんと同じくめんどくさいことをしばしば言う。血か? しかし、その血はめんどくさいだけでなく、熱き血潮でもある。チャレンジに向かってチャレンジるらしく、衆議院議員の補欠選挙に立候補するらしい。今回、もし落選したら、都議会。それもダメだったら、区議会からやるつもりだとか、もうやる気満々です。ガッツな才女さん、頑張ってください。
野口 啓一郎(のぐち けいいちろう)
由依の旦那さん。育ちの良い、普通の人。母方の祖父は政治家。この人のフツウが、由依を出馬させるきっかけになる。実母とトゥギャザーで翔太のガラス破壊事件を砂かぶりの席で体験したのに、由依との結婚を選んだいい人? というか、由依にいい感じに丸め込まれた感がヒシヒシと伝わってくる、押しに弱い人のようだ。政治家になった由依の尻にしかれる予感もヒシヒシの人でもある。フツウな啓一郎さんも頑張ってください。
堀内 真司(ほりうち しんじ)
翔太の同級生。今は早稲田大学の文学部へ進んでいる。翔太と同じ小学校から、清楓学園へ進んだ唯一の人間。いろいろと情報を持っている。持ちすぎている。なぜそこまで情報通? みたいな。正樹の前で、中学生のいじめについての自論を展開する。この自論が現実を捉えすぎていて大澤家からすると、はらわた煮えくりかえりの話だったりする。「こいつが中学生のときにもうちょい翔太の力になっていれば……」みたいなところも有ったり無かったり。正直そこまで菩薩な中学生はいないよね、と思ったり。
小野 奈津子(おの なつこ)
大澤節子の友人。瀕死の大澤家にメシアを紹介したミューズ。奈津子の息子の同級生のお兄さんが弁護士のメシア高井守。節子とは同じ職場で働いていた過去を持つ。今は浅草の老舗の仏壇屋の女将さん。奈津子の息子はかなりのろくでなしブルースで、「子供の出来なんてクジみたいなもんだ! どんなに頑張って育てたつもりでもハズレを引くことはある!」「でも、ハズレ券を捨てるわけにはいかない。ちゃんとしなきゃ」「それが親の務めだ!」とか言い放つ強者。わたしは、この人ものすごく好きです。
高井 守(たかい まもる)
弁護士。弟の名はシンスケ。バカばっかりがいく高校の卒業生(小野奈津子 談)で、バカばっかりがいく高校から弁護士になった唯一の男。「もうだめだ……」という、瀕死にとどめを刺された状態だった大澤家の前に降臨したメシア。高井守の降臨により、大澤家に光が差す。個人的にキャラが結構ブレる。367ページ、証言台に立ち、さらにいい仕事をしてくれた寺本航に正樹がお礼をしようとしたが、「バカな加害者にお礼なんてしなくてよろし」みたいなことをサラッと言う。熱血なのか、非情なのか、これが事実を整理して、いかに裁判を有利に進めていくかを考える弁護士の真実なのか、よくわからない。どうでもいいが、使っている名刺入れは甲州印伝(こうしゅういんでん) 甲州印伝という単語を初めて目にしました。ちなみに甲州印伝とは、武田信玄も愛した、鹿革を原材料にした山梨県の工芸品。いやほんと、どうでもいいが……。
益田 好之(ますだ よしゆき)
肝臓ガンで手術したばかり。清楓学園で用務員をしていたことがある。翔太を焼却炉から救った人。翔太が焼却されなかったので、ある意味、金井、佐藤や寺本を救った人でもある。正樹が探偵のような聞き込みで、今は埼玉県朝露市に住んでいることを突き止めた。焼却炉に閉じ込められていた生徒がいたことを学校側に話していたと正樹に証言してくれる。そして裁判でも「証言台に立ってもいい」と言ってくれる。がしかし、残念ながらガンに勝てず、裁判で証言をすることはかなわなかった。正樹いわく、ぼくとつで優し気な男。
寺本 航(てらもと わたる)
素敵な顔立ちの翔太をいじめていた3人組のひとり。翔太ロスのあと、金井&佐藤のいじめのターゲットにされる。いじめにあったせいで高校を卒業しておらず、今はバー「NOTE」に努めている。寺本は、いじめにあったが自分の力で頑張って生きてきた。引きこもりのくせに親や弁護士の力を借りて今になって裁判を起こした翔太の気持ちがわからない。で、翔太をおびき出し、アイスピックを手に持ちかかってこようとしている翔太に言い放った言葉が「お前って、中学校の時からちっとも進歩してないじゃん」。端的に真理にたどり着きすぎていて、翔太の心理はグロッキー寸前だ。この言葉に対して翔太が言い返した言葉が「お前、ぶっ殺すぞ」。翔太くん、中学校の時からちっとも進歩してないじゃん……。ここでアイスピックで刺されたら裁判がダメになり寺本航の勝ちだったのだけれど、メシア高井降臨で翔太はピンチを脱します。この事件のあとの寺本くんは大澤陣営に協力的になります。ラストでは金井軍のリーサルウェポンで最大級のピンチにおちいった大澤軍団を救う仕事をやってのけます。
桜井 潤太郎(さくらい じゅんたろう)
新宿二丁目エリアで危機一髪だった寺本を救った恩人で兄貴分。バー「NOTE」の経営者。あの名作ドラマ「恋をするほどヒマじゃない」の脚本家で、最近のヒット作は「ドクター刑事」だ! 知らんわ!! 裁判の肝になる画像を持っているかもしれないのに、誰だかわからなかったミスA学園、田村梨里花を見つけ出すナイスアシストをやってのけた。しかし、翔太がプチ家出したときに、いい感じにチャチャを入れてきた策士でもある。このチャチャとメシア高井のおかげで翔太は裁判に本腰を入れる決心をする。終わってみればナイスアシストだ。
田村 梨里花(たむら りりか)
女神。もとミスA学園。ミス人間の尊厳。現在はボストンの大学でジャーナリズムの勉強中。桜井に探し当てられ、アメリカから凱旋する。カロリー万歳なアメリカ帰りなので、腕と顎に余分なお肉がついている(正樹 談) しかしさすがだ、もとミスA学園。証言台に立つまでにはちゃんと整えてきた。証言台へ進む梨里花を見た聴衆がため息をつくほどに。証言台に立ち、13歳のときに金井から翔太のパンツ一丁の画像が送信されてきたことを証言するときでさえ、そのたたずまいは凛々しい。証言台で「私は持つ者の責任を果たします」と言ってのけた、勇気と知性に溢れる女神。
金井 利久斗(かない りくと)
ラスボス。翔太をいじめていた3人組のひとり。ラスボスにふさわしいいでたちと家柄の医大三年生。家は病院を経営している。金井家の長男で大切な跡取り息子。金井家は裁判で大切な跡取り息子のために、あの有名な宗方大先生を弁護士として雇う。宗方先生って誰? 金と権力をかさにするのが得意技なのがにじみ出て、いい感じに憎たらしい。そして、いい感じに度胸があり弁もたつ。さすがにここまでいい感じだと、いい感じにやられてくれるのがまるわかり。ここまでいろんな意味でいい感じだと、嫌な奴でも逆にすがすがしくてさわやかだ。いい感じの、すがすがしくてさわやかなお医者さんになっていただきたい。
佐藤 耀一(さとう よういち)
翔太をいじめていた3人組のひとり。国立大学の経営学部三年生。大手企業への内定が決まっている。小柄で丸顔。得意技は「憶えていません」の連射。この「憶えていません」の連射にはメシア高井もお手上げだ。なにやら微妙なキャラだけど、ビビりなのはよくわかる。寺本が学校を去ったあと、金井利久斗のターゲットにならなかったのが不思議です。
槇原 祐子(まきはら ゆうこ)
弁護士。東北大学出身の才媛。30歳をというに過ぎているけれど若くみえる女性(正樹 談) 高井守と同じ事務所。金井&佐藤サイドの弁護士が3人で攻撃してくるので、助っ人として呼ばれた。
藤田 勇樹(ふじた ゆうき)
最後の隠し玉。金井サイドの切り札。それがYUKI FUJITAです。YUKI FUJITAの名は最後の最後まで出てきません。まさに最終兵器。藤田勇樹は、翔太がいじめていたとされる人物です。もちろんそのいじめは、金井、佐藤や寺本らに強要されたものでした。四つん這いの藤田勇樹の背中に足をのせて笑っている翔太の画像も残っています。これが金井サイドのリーサルウェポンだったのですが、寺本くん、いや寺本様のナイス説得のおかげで一転、藤田勇樹は翔太サイドのリーサルウェポンとなりました。この最終兵器はリーサル・ウェポン2のマーティン・リッグスよりも攻撃力が高く、証言台で藤田砲の直撃をくらった金井利久斗は瀕死の重傷を負い、そのまま退場となりました。金井くんの悪代官的なナイスやられっぷりが、映画リーサル・ウエポン2のラストよりも気分爽快でした。
感想
翔太を焼却炉に閉じ込めてせせら笑っていた3人組は最悪の極悪ですが、正樹の「お前には医者になってもらいたい。そのために努力をする人間になってもらいたい」といった言葉のもとにある「正樹の期待」が翔太の7年を奪った元凶だと思います。
正樹の期待に応えようと頑張っては見たけれど限界に達してしまった。でも、正樹の言葉が、正樹の期待が、翔太に呪いのようにまとわりつき、どこへも逃げられなくなって引きこもったんじゃないかな、と個人的に感じました。
284ページにも、自転車に乗るのを諦めようとした翔太に、正樹が「お前、それでも男か」と怒鳴って、倒れる翔太を何度も自転車に乗せようとしたと書かれています。
これも「お前ならできる」という期待ですよね。人には得手不得手があるのに、正樹父ちゃんはそんなことは考えない、わりと根性論な人。しかもかけるその期待は相手の力量を見ない自分勝手なもの。乱暴な言い方をすれば、正樹父ちゃんは「お前ならできる」の名のもとに翔太をいじめていた3人組と変わらないのかもしれません。
子供が苦労しないように、できるだけ失敗しないように、良かれと思って、というのもわかります。けれど、苦労から学んだり、失敗から立ち直るプロセスで強くなったりすることもあります。それを黙って見守るのも正樹父ちゃんの仕事だったのではないでしょうか。
また、子供に期待をしてしまう親の気持ちもわかります。けれど、期待が大きすぎて本人さんが逃げられなかったり、期待が連続でやってきて休む暇も無かったりでは本人さんはいつか壊れますよ。大きすぎる期待と期待の連射は注意しなくてはと、いい教訓になりました。
結局、どんなに勉強して、どんなにいい大学に入って、どんなに立派なお医者さんになっても、身も心も死んだら終わり。そこまで自分を追い込むことなんて無意味です。きついときに「助けて」と言える勇気。きついときに「助けて」と言える人間関係を作ることがいちばん大事なことだと翔太に教えてあげなかった正樹さんは父ちゃん失格かもしれません。
医者になることを応援するよりも、致命傷となるヤバい香りをかぎわける能力を教えるべきだったのでは。「ヤバいと思ったら、秒でしっぽ巻いて逃げろ」これだけを翔太に教えてやればよかったのに。と思いました。
まあしかし、やさぐれ翔太のファーストステージからすると、大澤家にとっては、ほぼほぼ100点に近いハッピーエンドだったと思います。大澤家のひとりひとりが、やりがいや生きがいを得ることができましたからね。特に「出馬する!」とか言っている由依さんのこれからのやりがいは半端じゃないでしょう。
逆に昔のおいたが忘れたころにやってきた金井や佐藤にとって今回の裁判は天災レベルの出来事だったと思います。二人からすると「なんで今さら」「なんであれぐらいのことで引きこもってんの」「あいつが引きこもってんの俺ら関係ないじゃん」程度にも満たない、過去のおいただったはずですから。
金井や佐藤のその後が描かれていないので何とも言えませんが、たぶん金井はいい感じの医者になり、佐藤はいい感じの会社に勤めて、二人そろっていい感じの人生を送ると思います。これが、引きこもり立ち止まっていた翔太に対して、外の世界で前に進んでいた金井&佐藤とのリアルな差。釈然としませんが、これが現実です。翔太が受けた傷、失った7年間や裁判で受け取ったお金や労力を考えると納得いきませんけどね。
とはいえ、翔太が超絶いい感じの未来に向かって進みだしたので「ホントよかったね! 今度は楽しみながら進んでね」と、裁判の結果&結末にギリ納得しておきます。
「ほっておけば、そのうち良くなるだろう……」という考え方は絶対にまずい。
ほっておいた期間が長いほど、ズレを修正するのに時間と労力がかかる。
というか、ズレを修正できたら幸せな方だ。
あと、期待はしない。
子供には「ヤバいと思ったら逃げろ!」と、致命傷を避けることだけ教えればいいんじゃないかな。
こんなことを、あらためて心に刻むことができた小説でした。
そして、「8050」というタイトルをつける意味が最後までわかりませんでしたが、面白い小説でした。
無駄に長い登場人物紹介という名のあらすじと感想を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「小説 8050」まだお読みになっていない方は、ぜひ。