いなり寿司よりも、巻き寿司が好きです。
とかはどうでもいいんですけど、「初ものがたり」の稲荷寿司屋の正体は、「きたきた捕物帖」最強の生物で、烏天狗一族出身の喜多次くんの大伯父です。そして、この大伯父は火付盗賊改か、町方役人をしていた人かもしれない……。
手持ちの情報でわかる「初ものがたり」の稲荷寿司屋の正体は、こんな感じ。ただ、家ではなくて屋敷に住んでいたことがあるお武家様だったのは確かです。
稲荷寿司屋の正体が最後まで謎のままでしたが、「初ものがたり」はおもしろかったので、まだ読んでいない方に読んでいただきたい。
なので、手前勝手なあらすじと感想を書き、ちょっとでも「初ものがたり」に興味を持っていただけたらいいな、と思います。
登場人物
・回向院の茂七(えこういんのもしち) どんな事件も自分の心の秤だけを頼りに捌く、正義と人情の岡っ引き。稲荷寿司屋の親父が好き。
・稲荷寿司屋の親父 深川富岡橋のたもとに屋台を出している謎の親父。この親父の正体が、事件の真相よりも知りたい読者が続出。みたいな。茂七親分がお役目のことで頭を悩ましているときに、この親父が「ぽつり」ともらす一言に「はっ」と目が覚めたようになり事件解決。みたいな。
・日道さま(にちどうさま) おがみ屋。超能力者。すごく稼ぐ。でも10歳。御船蔵裏(おふなぐらうら)の雑穀問屋、三好屋(みよしや)の小倅(こせがれ)で、本名は長助(ちょうすけ)
・糸吉&権三 茂七の下っ引き。
・梶屋の勝蔵(かじやのかつぞう) やくざ者を束ねる頭目なのに、なぜか稲荷寿司屋の親父に頭が上がらない。稲荷寿司屋の親父と兄弟かもしれない。茂七親分のうまい口車にのせられて要所要所でいい仕事をするかもしれない。こうご期待。
お勢殺し
醤油を担いで売っている、お勢(おせい)さんが殺されます。
そして、お勢さんが醤油を仕入れていた野崎屋の音次郎(おとじろう)が容疑者になります。
音次郎は、お勢さんと付き合っていたようで、「もつれが原因の殺しだろう」と茂七さんは考えますが、音次郎にはアリバイが……
って、はっきり言いますが、音次郎が犯人ですし、アリバイなんぞどうでもいいんです。笑
この章「お勢殺し」でおもしろいのは、茂七親分と稲荷寿司屋のやり取り。ちょっと緊張感のある親父二人のやり取りがおもしろいのです。
茂七親分が蕪汁(かぶらじる)をすすりながらアリバイを崩しますので、稲荷寿司屋でのやり取りをぜひ楽しみに読んでいただきたいです。
白魚の目
茂七親分が二杯酢でつぶらな瞳の白魚を食べられなくなった話……
ではなく、親も家もないのに頑張って生きている子供たちが毒を盛られて殺されてしまう悲しい話です。
毒を盛るのに使った食べ物がいなり寿司。「稲荷寿司屋の親父と何か関係があるかもしれない」と思いましたが「ないのかよ」みたいな。
割と簡単に犯人はわかりますけど、犯人に手が出せない。そこで、茂七親分は機転を利かせます。
機転の利かせ方が未来を見据えていて、殺されてしまった子供たちの供養にもなりそうな解決だったので、「さすが親分!」という感じ。本当は犯人をはりつけにしたいほど後味の悪い事件だったので、この打開策は良かったと思います。
どんな機転を利かせたかは、ぜひ読んでいただきたいです。
鰹千両
この「鰹千両」がいちばん好きです。
鰹は上手にさばけない茂七親分さんですけど、人情たっぷりのさばきをする親分さんがカッコよかったから。
あるとき、角次郎(かくじろう)さんという魚屋さんのところへ、「鰹を千両で売ってくれ」という話が舞い込みます。
この時代の千両は、千人が一年間なにもしなくても米の飯が食べられる額。角次郎さんから相談を受けた茂七親分は、「まともな取引じゃない。何か裏があるぞ」と考えます。
実際、裏があって、「鰹を千両で売ってくれ」は角次郎さんのむすめのおはるに関係があります。
物語が進むにつれ、角次郎さんの奥さんのおせんさんに、茂七親分がこう尋ねます。
「おはるをとるか、千両をとるか」
茂七親分がおせんさんにいきなりブン殴られますが、茂七親分は「それでいいよ、安心した」とひと言。
ブン殴られた頬がヒリヒリしつつも、にやりと笑う茂七親分。
「おはるを大事にな」と言い、背を向ける茂七親分。
茂七親分カッコいいぜっ!!
おはるのことを大事に思った、後始末も本当に粋でした。
なので、「鰹千両」だけでも読んでいただきたいです。
太郎柿次郎柿
おがみ屋の日道さまが登場します。
日道さまは、霊感が強く、憑き物を落とすことができ、失せ物を探すこともできます。おまけに人の寿命まで言い当てる評判のおがみ屋さんですが、茂七親分はまったく信じていません。気に入りません。
なぜか? ぼったくるから。笑
「太郎柿次郎柿」の大筋は、兄の朝太郎が弟の清次郎を殺してしまうというものです。
実際にある美味しい次郎柿から、無理やり柿を絡めて兄弟感を出した感がありますが、そんなことはどうでもよくて、稲荷寿司屋の親父が「屋台で甘いものを出したい」と菓子作りを習いに行ってしまい、そのあいだ寂しい思いをした茂七親分にお詫びの柿羊羹をごちそうする、ということのほうが大事な「太郎柿次郎柿」です。
この柿羊羹をごちそうするときの会話に「昔わたしが住んでいた屋敷」と言いかけた稲荷寿司屋の親父が、「私が住んでいた家」と言い直すシーンがあり、稲荷寿司屋の親父の過去さがし好きの人には見どころです。
凍る月
新巻鮭がなくなって、一生陰から尽くしていこうと思っていた心もなくなった話です。以上。笑
いやだって、この「凍る月」も、茂七親分と稲荷寿司屋のやり取りがおもしろいところなんですもの。
茂七親分は、おがみ屋の日道さまの本拠地である三好屋から稲荷寿司屋の親父が出てくるところを見てしまいます。
茂七親分は、稲荷寿司屋の親父に一目置いていますし、逆に日道さまは気に入らない。だから、「なぜ、親父が日道を訪ねたのか」をとても知りたくなってしまいます。
今では、茂七親分にとって、稲荷寿司屋の親父の存在がそれほど大きいものになっており、これをふまえてこのあとの茂七親分と稲荷寿司屋の親父のやり取りを見ていただきたいです。
大根おろしが添えてある鮭の切り身を食べながらの緊張感があるやり取りは、絶品です。
遺恨の桜
みなさん、桜餅は2種類あるってご存じでした?
わたしは知らなかったんですけど、関東風の長明寺(ちょうめいじ)と関西風の道明寺(どうみょうじ)があって、わたしの馴染みは関西の道明寺の方。画像の右側の桜餅です。
ピンクなクレープ生地で巻いた桜餅(長命寺)にはビックリしました。見たことがあるような気もしますが、たぶんこの長命寺を桜餅として認識したのは、わたし今回が初ものがたりです……
って、そんなことはどうでもいいんですけど、親分と親父のやり取り最終章が始まります。笑
もはや「あらすじを書きます」とか完全に無視しており、あいすいません。でも、もういいでしょう、茂七親分と稲荷寿司屋の親父のやり取りだけで、みたいな。笑
「遺恨の桜」の内容は、
(1)日道さまボコボコに殴られる。
(2)いなくなった婚約者さがし。
です。
日道さまを殴った犯人と、いなくなった婚約者はつながっていて、物語もうまくつながっていくのですが、そんなことはどうでもいい。親分だ! 親父だ! 親分と親父のやり取りをよこせ!! みたいな。笑
今回、茂七親分は、糸吉&権三をつれて稲荷寿司屋へ行き、大満足の時間を過ごします。
鰆の塩焼きをつつきながら、茂七親分が権三に「この親父は何者だと思う」とたずねるシーンがあり、権三は「武士」と答えますので、稲荷寿司屋の親父の正体はお武家さまなのでしょう。糸吉が信用できないってことはないけど、権三はかなりできる人だと思うので(当社比)笑
また、このときに稲荷寿司屋の親父が日道さまの霊視のからくりを解き明かします。わかってしまえば簡単なことなのですが、それは「遺恨の桜」を読んでくださったときのお楽しみということで。
で、「どこで桜餅が出てくんだよ」って話なんですけど、稲荷寿司屋の親父が日道坊やのお見舞いとして、茂七親分にあずけました。
お見舞いに行ったときの茂七親分と日道坊やのやり取りも、やさしさと緊張感がありつつ、日道坊やが霊視した稲荷寿司屋の親父のヒミツも出てきておもしろかったです。
そして、「遺恨の桜」の落としどころも良かった。茂七親分の気持ちの良いお裁きが炸裂したので、ぜひお楽しみに。
さいごに
茂七親分が考え事に行き詰まったり、答えは出たけど気が滅入るような答えだったときに、稲荷寿司屋のところへ向かう感じが、この間読んだ「黒牢城」の村重さんと官兵衛さんのようで、最近、なんだか頼みもしないのに男臭いなと。笑
ただ、なんだかいいんですよね。レベルの高い親父のちょっとシャイでナイスな距離感の友情が。とてもかっこ良くて、心地よいです。
茂七親分と稲荷寿司屋の親父のやり取りをぜひ読んでいただきたい。
そして、わたしと同じく、「初ものがたり」を読み終えたあとに巻き寿司よりもいなり寿司が食べたくなっていただきたいです。笑