「桜ほうさら」の主人公、古橋笙之介が富勘長屋で住んでいた部屋は、今は「きたきた捕物帖」の北一くんが住んでいるところ。
「初ものがたり」に登場する謎のいなり寿司屋の正体は、「きたきた捕物帖」の喜多次くんの大伯父です。
なんのこっちゃ? 笑
「桜ほうさら」と「初ものがたり」は、「きたきた捕物帖」の著者、宮部みゆきさんが書かれた小説のようです。
が、まったく知りませんすいません。というか、宮部みゆきさんが書かれた小説を読むのは「きたきた捕物帖」がお初でした。
「きたきた捕物帖」の、のほほんと進んでいくストーリーと、千吉親分亡き後、周りの人たちの力を借りながら北一くんが成長していくところが絶妙にミックスされて、どんどん読み進められました。
それこそ「なんのこっちゃ?」だった、「『桜ほうさら』と『初ものがたり』も読んでみたいな」と思うほど、おもしろかったです。
そんな「きたきた捕物帖」のざっくりあらすじと感想をアウトプットしたいと思います。
登場人物
・おたまさん わたしが一番好きな悪役なキャラクター。千吉親分亡き後、旦那の万作と文庫屋を引き継ぐ。千吉親分いわく、「おたまは頭ンなかが年じゅうお花畑だ」と愚痴るほど、おつむりが軽い。だが、名脇役である。名優、初井言栄さんや野際陽子さんのようだ、と個人的に。必殺技は、万作の背中に隠れながら「きぃきぃ」と言い返すこと。
・北一 主人公。文庫売り見習いの16歳。三歳の夏、親分に引き取ってもらった。北一&喜多次で、きたきた捕物帖っぽいです。
・文庫ってなんぞ? 書籍や貴重品を入れる箱のこと。鍵がなかった時代に大切なものの保管庫として使われていたようです。一般的に広まったのは江戸時代に入ってからです。
・千吉 文庫屋(朱房の文庫が人気)北一の親分。深川元町の岡っ引き。ふぐに中毒って死ぬ。享年四十六。
「享年四十六歳」と書いていたのですが、普通「歳」は書かずに「享年四十六」と書くそうです。
勉強になりました。教えてくださった方、ありがとうございました。
・松葉 千吉の奥方。盲目だけど切れ者で、北一くんの良き理解者。
・おみつ 松葉の女中。北一と松葉の会話に入ってくる、ちょっとおてんばな感じの娘。おみつにブン殴られた北一くんが、喜多次くんに愚痴るシーンも。
・勘右衛門 通称は富勘。深川の差配人。千吉親分亡き後、北一を助けてくれたり、肝心なときにいなかったり。
・差配人とは? 貸地や貸家の管理をする人。店子を監督する人。差配人自身は家も土地も持っていない。地主や家主に代わって店賃や地代を取り立てている人。
・青海新兵衛 欅屋敷の用人。北一くんに聞いた話だけで、松葉のおかみさんを切れ者だと見抜く、切れ者。手先が器用で北一を助けてくれる。
・用人って何する人? 有能な人から選ばれる江戸時代の職業の一つ。武家の職制の一つで、財用をあずかり、内外の雑事をつかさどった人。
・喜多次 世を忍ぶ仮の姿が、長命湯の釜焚き。だがその正体は、(たぶん伝説の)烏天狗の一族。
あらすじ
第一話 ふぐと福笑い
千吉の親分さんがふぐに中毒って死ぬところから物語は始まります。
千吉親分は、すごくできた人で、しゃれおつな文庫を売りながら岡っ引きの副業をする21世紀な人。
そんなすごくできた人が亡くなっちゃったので、文庫屋をどうするか、岡っ引きの跡目をどうするか、などなど、周りの人たちはプチパニック。
そんな、などなどがありましたが、本所深川方同心の沢井蓮太郎や富勘さんのおかげでいい形に収まります。
親分亡き後、北一くんの日常が変わっていく中で、福富屋という材木問屋で事件発生。
福笑いに関係する事件でしたが、松葉のおかみさんのキレッキレの千里眼が炸裂し事件を解決します。
いい物語にはいい憎まれ役が必要だと思いますが、おたまさんが最の高。おたまさんは千吉親分の一の子分、万作さんの奥さんですが、「憎たらしいったらありゃしない」という言葉が着物を着て歩いている感じです。笑
第一話は、沢井蓮太郎と富勘さんの筋が通った理屈で、おたまさんがボコボコにされるところが痛快でした。
あと、失業しそうなのに「へ? そういうこと。おいら、お払い箱なの」とか、のんきに構えている北一くんが良かった。大物なのか、ポンコツなのかわからないキャラクターは、どうしても今後に期待してしまいます。
第二話 双六神隠し
双六神隠しは、子供が行方不明になる話です。
双六の出た目どおりにお金が出てきたり子供がいなくなったりしますが、魔法の双六ではなく、閻魔の双六は「雑談蔦葛」が出どころの普通の双六。
ちなみに「雑談蔦葛」は、両国橋の近くの開業医が、患者から聞き集めた出来事やうわさ話を記した随筆本。松葉のおかみさんいわく、雑多な聞き書きの四方山話ばかりだそうです。
子どもが行方不明になるしっかりとした理由があるので、いなくなった子は帰ってきません。ですが、千吉親分が解決した昔のもめ事を参考にし、おかみさんの助言を聞いた北一くんが一件落着させます。
人の気持ちを大切に考え、陰ながら事件を解決した北一くんをねぎらい、手習所の師匠、武部先生がおかよちゃんにこんな言づてを頼みます。
「『借りができた』と伝えてくれ、それでわかる」
その言葉に「わかるとも」と答える、ちょっとかっこつけた北一くんが良かったです。
双六神隠しで素敵だったのが、髪結床の店主、宇多次さん。通称、うた丁さんでした。
わたしが大好きなおたまさんが、また北一くんに意地悪をするんですが、今回助けてくれるのがうた丁さんです。66ページ、うた丁さんの気持ちのいい「お前この野郎!」に「ぎゃふん」な、おたまさんを読むことができます。おたまさん推しの方、ぜひどうぞ。笑
第三話 だんまり用心棒
お待ちかね、伝説の烏天狗の一族、喜多次くんが登場!! 「かたん」「とん」と関節外しますよー。
「だんまり用心棒」の大筋は、上等な干菓子を売り物にしている稲田屋の乙二郎(エイティーン)がおいたをやらかした挙句、逆恨みする話です。
・干菓子ってなんぞ? 乾燥した和菓子の総称。
落雁、おこしやせんべいなども干菓子のようです。
ちなみに、乙二郎ん家の稲田屋さんの看板商品も落雁の「淡雪」だそう。
今回は、乙二郎&ナマズ女中頭の稲田屋コンビがとてもいい。この二人、話の冒頭で富勘さんにボコボコにされます。フラッグシップのおたまさんよろしく、調子こきまくりの頂点でボコボコにされて沈没する人たち大好きです。142ページ前後を読んでください。富勘さん最の高、痛快ですが、逆恨みのターゲットにされちゃいます。
203ページに「桜ほうさら」の古橋笙之介が「闇討ちだか上意討ちだかで亡くなった」と書かれていますが、「桜ほうさら」を読むと古橋笙之介がどうなったかわかるのでしょうか。今から「桜ほうさら」を読むのが楽しみです。
スペック高めの喜多次くんが、恩を感じた北一くんを手助けしてくれるのが、マンガの「カメレオン」や「特攻の拓」を読んでいるようで楽しかったです。ただもう少し、北一くんと喜多次くんのからみが欲しかったなぁ、と思っていたら、第四話でからみがあります。
第四話 冥途の花嫁
めいどのはなよめと入力すると、メイドの花嫁と出力される不思議。笑
「冥途の花嫁」は、北一くんが文庫をSPA(製造小売り)しようと算段するサクセスストーリー。人柄がいい北一くんの力になろうと、いろいろな人たちが手助けしてくれます。
北一くんが絵を描く絵師をさがしているときに「笙さんがいたらなあ。きっと喜んで北一さんに手を貸したでしょうね」という、「桜ほうさら」の古橋庄之助を思い出すサービスシーンもあります。
出来上がった文庫を松葉のおかみさんに披露したときに、おかみさんに「いい子、いい子」されて涙が出そうになった北一くんに「良かったね」「成長したね」と言ってやりたいです。
なんだかんだと、文庫をSPA化した北一くん。作った文庫を引き出物にします。「文庫屋で食べていけるようになったら、おかみさんに恩返しがしたい」と素敵な妄想にふける北一くんでしたが、問題が発生します。
祝言の宴がある日に新郎の亡くなった奥さんの「生まれ変わりです」とか言う女性がハートマークをまき散らしながら登場して祝言が中止になります。せっかく作った文庫にケチがつきまくり。姉さん大変です。松葉のおかみさん、激怒です。みたいな。
生まれ変わりなんぞあるわけもなく、嘘八百なのですが、死人が出てしまい、またまた姉さん大変です。松葉のおかみさん、怒髪天です。みたいな。
いやしかし、このハートを持った花嫁さん、めっちゃ可愛いです。みたいな。笑
北一くんが事件の真相を知ったとき、怖くなって「親分、どう思いますか。親分ならコイツらをどうしますか」と親分の顔を思い浮かべるシーンがあります。その後フッと我に返り、百戦錬磨であった千吉の親分も、もめ事や事件にぶつかるたび、一人では胸が重たくなって、おかみさんと話し合っていたんだな。と想像するところが温かい雰囲気に包まれていて良かったです。
今後は北一くんが事件を解決していく物語になると思うのですが、北一くんの胸が重たくなったときに話を聞いてくれるのは誰なんでしょうか。喜多次くんの線が濃いな。いや、おみつちゃんにブン殴られて重くなった胸のつかえをふっとばすのも捨てがたい。笑
「冥途の花嫁」は、松葉のおかみさんが千吉親分の朱房の十手をあしらい、事件を解決するところが粋でした。345ページ、富勘さんに手をとらせて、北一くんを後ろに従えて歩く、松葉のおかみさんの挿絵もかっこ良かったです。
最後に、わたしが好きなおたまさんが北一くんに言ってはいけないことを言います。「おかみさんを食わせているのはうちの稼ぎ。おかみさんは大きなお荷物だ。感謝しろよ」と。
これを聞いた北一くん、「それがてめえの本心か」「おかみさんをおとしめるなら、てめえはおいらの敵だ」「これからは、商売敵だ」「だけど今までお世話になりました」と、北一くんの人柄の良さが見え隠れします。
逆に悪役のおたまさんはと言うと……
「縁切り、上等じゃないか。あんたなんか、うちから文庫を仕入れられなきゃ、すぐにでも干上がる物乞いみたいなもんじゃないか。それを何だい、生意気な」「寝言ばっかり言ってる、疫病神が」みたいな。笑
大好きなおたまさん絶好調です。ただ、今回はおたまさんの「ぎゃふん」がないのですよね。北一くんが「どちらが朱房の文庫の名にふさわしいかは、世間様に決めてもらおう。おいらは手加減しねえぞ」と、かっこよく言い捨てて、おたまさんを置き去りにして終わり。おたまさんの「ぎゃふん」はありませんでした。残念。
さいごに
「きたきた捕物帖」は「たぶん何とかなるんだろうな」という問題を、主人公の北一くんが周りの人の力を借りて解決していくほのぼのとした小説でした。事件とは別に、全編を通して北一くんの日常がていねいに描かれているところも親近感がわいてきて良かったです。
近ごろは東野圭吾さんを読みまくっていたので、張り詰めて疲弊したサスペンス脳でしたが、「きたきた捕物帖」には疲れた脳をほぐしていただき感謝しております。
「冥途の花嫁」の最後に、北一くんと喜多次くんの間で「喜多さん。また来るよ」みたいなやり取りがありました。どんどんと仲良くなっていく北一くんと喜多次くんの「きたきた捕物帖」コンビが、微妙な距離感をたもちながら、今後も助け合って事件を解決していくのを読んでみたい。続編の「きたきた捕物帖 子宝船」に今から期待しております。
また、「桜ほうさら」や「初ものがたり」も読んでみたいですね。興味ありありです。
逆に「桜ほうさら」や「初ものがたり」を読んだことがある人で、富勘長屋やいなり寿司屋が気になっていた方は「きたきた捕物帖」を読んでみてはいかがでしょうか。
宮部みゆきさんは「きたきた捕物帖」を生涯書き続けたいとおっしゃっています。
わたしも「きたきた捕物帖」を生涯読み続けたいと思います。
それほど面白かった「きたきた捕物帖」でした。